年間「約7.6兆円」の経済損失 「心の不調」による休職が増えている理由(2/2 ページ)

» 2026年02月16日 06時00分 公開
[やつづかえりITmedia]
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年間で約7.6兆円の経済的な損失

 人手不足が深刻な今の時代、心身の不調で休職や離職をする社員の存在を、「会社のやり方に合わないのなら、仕方ない」と見過ごすわけにはいかない。これは多くの企業の共通認識だろう。しかし、社員の休職や離職、あるいは通院など、明らかなサインがあってから対処するのでは遅い、という指摘もある。

 横浜市立大学大学院の原広司准教授と産業医科大学の永田智久准教授は、働く人が心の不調を抱えながら仕事を続けることで、年間で約7.6兆円の経済的な損失が生じているという推計結果を発表した。これは日本における精神疾患の医療費の7倍に上り、GDPの約1.1%に相当する金額である。

 研究では、全国2万7000人超の調査データをもとに、メンタルヘルスに関連する主観的な症状(「気分が沈む」「眠れない」など)や、これらの症状による仕事のパフォーマンスへの影響、病気による欠勤日数の関係から損失額を推計している。

 その結果、仕事はしているものの心身の不調により本来のパフォーマンスが発揮できない状態(プレゼンティーズム)がもたらす経済的損失が約7.3兆円と見込まれ、欠勤による損失(アブセンティーズム)よりも組織にもたらす影響が甚大であることが分かった。

 この研究では、心の不調を抱える当人の仕事のパフォーマンス低下にフォーカスしているが、周囲の社員に与える影響まで含めると、マイナスの影響はさらに大きいはずだ。

企業に求められる早期発見と予防的アプローチ

 個人の幸福のためはもちろん、企業の経済的利益のためにも、社員の心の不調に早期に気付いてケアすることが重要だ。では、そのために会社は何ができるだろうか。

 一つは、定期的な社員アンケートや、労働者50人以上の事業場で義務化されているストレスチェックなどを活用することだ。

 ストレスチェックの結果は個人情報であるため、それをもって個人に直接働きかけることは難しい。しかし、社員が自らのストレス状態を把握し、適切にケアをするよう促すことは可能である。その上で、事業所や部署単位などで結果の分析を行い、社員全体や特定のグループでの課題を見つけて対処していくことが重要だ。

 早期発見以上に重要なのは、心の不調に陥るのを予防することである。

 そのために会社ができることの一つは、心身ともに健康的に働ける環境や体制づくりだ。労災認定された精神疾患の要因として「対人関係」「仕事の量、質」「パワーハラスメント」が上位を占めていることを考えると、長時間労働やパワーハラスメントの防止、実態把握と問題が見つかった場合の対応は不可欠だ。

 また、会社のパーパスや中長期の戦略をしっかり浸透させること。実はこれも、社員のメンタルヘルス向上に寄与する。

 先に紹介した日本生産性本部の調査によると、会社の理念や経営方針が社員に浸透している場合に比べ、浸透していない場合に「心の病」が「増加傾向」と回答する企業が多かった。

 会社の理念や経営方針が伝わっていない場合、社員には組織が向かおうとしている方向が分からない。そうなると、「この会社にいて大丈夫なのか」と不安になったり、会社の業績は良くても自分のキャリアの方向性が見通しづらくなったりする。

 一方、会社の理念や経営方針が明確で一定の納得感が得られるものであれば、組織への信頼も高まり、求められる人材像も理解しやすい。会社の方針を信じて頑張っていこうという前向きな気持ちを持ちやすくなり、メンタルヘルスにも良い影響があると考えられるのだ。

 まさに今、メンタルヘルスの問題による休職者や離職者への対応に頭を悩ませている企業も多いだろう。しかし、予防の観点でできることにも目を向け、これ以上「心の不調」に悩む社員を増やさないよう対処してほしい。それが社員の心身の健康やモチベーション、パフォーマンス向上につながり、会社の将来にも良い影響を及ぼすはずだ。

やつづかえり

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立。2013年より組織に所属する個人の新しい働き方、暮らし方の取材を開始。『くらしと仕事』編集長(2016〜2018)。「Yahoo!ニュース エキスパート」オーサー。各種Webメディアで働き方、組織、イノベーションなどをテーマとした記事を執筆中。著書に『本気で社員を幸せにする会社』(2019年、日本実業出版社)。


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