そこで参考になるのが、札幌市のケースです。同市では2023年7月に、全国の自治体で初めて「カスハラ対策」をスタートしました。当時、市が実施した調査で、窓口対応する職員の7割が、利用者の対応に「強いストレスを感じている」と回答し「軽いストレス」を含めると約9割に上りました。そこで「職員を守らねば」と、市役所内にカスハラの啓発ポスターを掲示し、啓発活動に踏み切りました。
さらに、電話対応が主要業務の「市民の声を聞く課」では「暴言などのカスハラ行為の予防」を目的とした通話の録音を、住民に告知し、試行的に実施。問い合わせなどの録音は企業では一般的ですが、カスハラの予防目的と宣言しての実施はかなり踏み込んだ対策でした。
札幌市は「啓発活動の効果はあった」とした上で、2024年からは広聴部門でも通話の録音を開始しました。加えて「世間話などで長時間の拘束に及んだと判断した場合、30分から1時間をめどに対応を打ち切る」「脅迫や強要などの行為があった場合に、ちゅうちょせずに警察など関係機関に連絡する」などと明記した「広聴部門におけるカスタマーハラスメント対策マニュアル」の運用をスタートしたのです。
同市が策定した「札幌市職員カスタマーハラスメント対策基本方針」では、具体的な項目として「職員への教育・研修」を明記しています。単に「毅然と断る」ことだけを教えるのではなく、正当なクレームとカスハラを正しく見分ける知識や、初期対応での対話スキル、現場で孤立しないための報告手順などを共有。さらに幹部層に向けた講演会なども開催し、組織全体での意識共有を図っています。
こうした研修で特に重視されているのが「アサーティブ・コミュニケーション」(相手を尊重しつつ、自分の主張も適切に伝える手法)です。
初期の電話応対や接客時における不用意な一言で相手を過度に刺激し、カスハラを「誘発」させないための「初期消火」のスキルや、自社に非がある場合の真摯な謝罪方法などを、ロールプレイを交えて体得する――。グレーゾーンをカスハラ化させないための現場教育こそが、今まさに求められているのです。
識者の中には「(昨今の)カスハラは『従業員側の対応にも問題がある』とみなすレベルを超えている」と主張する声もあります。しかし、カスハラもまた「人と人の関わり合いの中で起こる摩擦」の1つです。
そこに「人」と「人」の関わりがある以上、コミュニケーションの問題と捉え、客の言動をエスカレートさせない視点も必要です。相手の視点に立ち、求めている情報を真摯かつ明確に提供する。目線や態度、言葉遣い一つでも、対話の質は大きく変わります。
職員と市民、従業員と消費者、サービスを提供する側と受ける側といった「対外的なコミュニケーション」だけでなく「職場のメンバー同士の良好なコミュニケーション」も大切です。孤立を防ぎ、現場を守るためにも、経営者やリーダーは今回の法改正を機に現場へ足を運び、その空気をとことん肌で感じ取ってほしいと思います。
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)、『働かないニッポン』 (日経プレミアシリーズ) 、『伝えてスッキリ! 魔法の言葉』(きずな出版)など。
新刊『「老害」と呼ばれたくない私たち 大人が尊重されない時代のミドル社員の新しい働き方』(日経BP 日本経済新聞出版)発売中。
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