トヨタは世界一への足固めを始めた:池田直渡「週刊モータージャーナル」(1/4 ページ)
フォルクスワーゲンがつまづいた今、トヨタが王座に立ち続けるのはほぼ間違いないだろう。しかし真の意味で世界一になるためにはやるべきことがある。
先週の連載記事では、トヨタが本気で変わろうとしているのではないかということを書いた。
従来のトヨタ車は、いわゆるショールームアピールに優れた製品だった。チリ(隙間)が正確に合っていたり、シートのアレンジが多彩だったり、日常的な使い勝手を考えた小物入れが充実していたり。それは決して無意味だったわけではない。家族の道具として意義のあるものだった。
トヨタにはもう1つ強みがあった。それはカタログデータだ。象徴的なのは燃費である。他社の競合製品と比べて数値で絶対に見劣りしない。家族会議を開いたら、トヨタのクルマが選ばれるように緻密に計算されていたともいえる。
ドライバーカーとしてのトヨタ
では、ドライバーカーとしてのトヨタがどうだったのかといえば、そこには他社に抜きん出た圧倒的な強みがあったとは言えない。それはトヨタ自身が制作した「TNGA」(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)の広告をちゃんと読めばはっきり書いてある(関連リンク)。例えば、ペダルの配置がベストではなかった。ステアリングも然り、シートも然り、前方の視認性も然りということだ。
今回のトヨタの改革で一番スゴイのは実はこの部分で、過去の製品の問題を問題として認識し、否定をしなければ改革は行えない。それは「先達の仕事を否定し、従来の顧客が選んだ製品を否定すること」ととらえかねられないから、おいそれとは踏み込めない領域なのだ。倒産の瀬戸際にあった日産ですら自力で改革できず、カルロス・ゴーンの力を得て初めてできたことを、勝ち組企業筆頭のトヨタがやってみせることは驚愕に値する。
さて、ヒューマンインタフェースの見直しと言うと「速度違反をして無謀運転しないから関係ない」と言い出す人が現れるのでやっかいなのだが、クルマの操作性が向上するということは、例えて言えば「軸がガタガタしないボールペン」のようなものだ。安物のボールペンは10本100円で買える代わりに、ペン先の保持がいい加減なので線を引こうとするとガタが出る。
しかしちゃんとしたボールペンはペン先ホールと芯の精度が高いからグラグラしない。その代わり少なくとも値段は100倍以上も違う。ボールペンもクルマもそのガタに気付かなければ「これでいいじゃん」と思ってしまう。しかしそれに気付いてしまった人はゆっくり走っていてもとても我慢できない。クルマの場合、それで価格が100倍になってしまっては困るが、トヨタはそれを価格低減しながらやると言っているのだ。
気にならない人はそれはそれで幸せなのでそのままでいいと思う。でも、気になる人が、気になるという感覚を全否定されても困るのだ。あくまでも一例に過ぎないが、ショールームに行って、いろいろなクルマのステアリングを力を込めて撓(たわ)ませてみるといい。断っておくが、緊急回避のような瞬間的な入力では、もっと大きな力が加わることもあるのだから、ちょっと引っ張ったくらいを想定外だとしてはいけない。多くのクルマを試すと、その撓み代はクルマによって全然違うのだということが分かるはずだ。そして運転している間中、その撓みはドライバーの感覚を狂わせ続けていることになる。折れかけた割り箸が使いにくいのと同じで、かけた力がほかに逃げてしまうのは道具として高評価できない。
あるいはシートの取り付け剛性もそうだ。クルマの床板は、局部的には薄い金属でできている。そこに取り付けられるシートレールは、床板の金属の撓みの分だけ動く。ましてや間にカーペットが挟まっていたりすれば撓みは金属だけの問題ではなくなる。真面目に作ろうと思えば、カーペットに穴を開け、スペーサーを噛ませて、床下に構造部材を付けてシートをがっちりマウントしなくてはならない。そうやってシートの取り付け剛性を上げれば、シャシーやシートフレームを伝って、エンジンやサスペンションからの振動がシートに届くから、エンジンマウントもサスペンションもより高性能な設計が求められる。当然コストも重量も増える。
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