トヨタは世界一への足固めを始めた:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)
フォルクスワーゲンがつまづいた今、トヨタが王座に立ち続けるのはほぼ間違いないだろう。しかし真の意味で世界一になるためにはやるべきことがある。
覇権の構造
さて話をTNGAに戻す。トヨタがなぜ変わろうとしているのかを考えると、少なくとも国内に関しては「家族会議」で選ばれるクルマで獲れるシェアが飽和しつつあるのではないかと思うのだ。これからは、いわゆるクルマ好きな人たちにも選ばれるトヨタにならないと、これ以上の発展はできない。それが大きな理由だと筆者は考えている。
世界の自動車情勢を考えると、現在の年間販売台数はほぼ1億台というところにある。向こう20年くらいのスパンで考えると、1.5倍近くになる可能性がある。中国の非富裕層にはまだ2000万台くらいの市場があるだろうし、インドとASEANを合わせると中国の14億人を凌駕する18億人の人口がいるのに、そこでまだ600万台程度しかクルマが売れていない。2000年くらいからモータリゼーションが始まった中国はいまや2300万台マーケットだ。インド・ASEANが3000万台マーケットになる可能性は否定できない。
中国で覇権を握っていたフォルクスワーゲンがつまづいた今、その巨大な新市場で一番有利な位置に立っているのはトヨタとスズキだ。ごくフラットに今後の予測をすれば、トヨタは当面世界一の自動車メーカーの座を占拠し続けると思われる。
だが、覇権はただ力があれば奪えるというものでもない。そこには大義が必要なのだと筆者は思う。歴史を振り返れば、欧州の長い覇権時代を支えたのはキリスト教だし、米国の覇権を裏付けたのは物質的な豊かさだ。覇権とは、それを戴く側にも受け取る文化的メリットがなければ成り立たないものなのだと思う。それは中国が力による現状変更を企図しても、周辺諸国の反発を買うばかりである点からも分かる。
トヨタが真の意味で世界一になるためには、やはりその製品であるクルマそのものがリスペクトすべき対象になるべきだと思うのだ。世界の自動車文化を担えるのかどうか、それがトヨタに突きつけられた試練だと思う。
TNGAという予想外の真面目なクルマ作りが、果たして覇王の座を保証するシステムとして考え出されたのかどうかは分からない。しかし、トヨタは明らかに何かを持っている。時の運があると言ってもいいかもしれない。
リーマンショックによる大赤字がなければこれだけの大改革に着手できなかっただろう。いざ決戦というタイミングではライバルのフォルクスワーゲンが自滅した。そのタイミングでたまたまTNGAという改革の第一号車がデビューする。こうした連続する幸運の裏側で、トヨタは幸運を逃さないために、世界一の称号にふさわしいメーカーになるための足固めをしてきたのかもしれない。それらが今、日の目を浴びるかどうか、スタートラインにようやくたどり着いた。トヨタがどうなるのかは目下、日本経済の最大の関心事である。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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