高くても売れる平田牧場の豚肉はこうして生まれた:高井尚之が探るヒットの裏側(1/2 ページ)
ジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、人気企業・人気商品の裏側を解説する連載。今回は「平牧三元豚」などのブランド豚で有名な平田牧場について読み解く。
高井 尚之(たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
日本実業出版社の編集者、花王の情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の本音の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。
「カフェと日本人」(講談社現代新書)、「セシルマクビー 感性の方程式」(日本実業出版社)、「『解』は己の中にあり」(講談社)、「なぜ『高くても売れる』のか」(文藝春秋)、「日本カフェ興亡記」(日本経済新聞出版社)など著書多数。 E-Mail:takai.n.k2@gmail.com
食べ物の好みは人によって違うが、「とんかつ」や「しゃぶしゃぶ」が嫌いという人には、ほとんどお目にかかったことがない。歴史を調べると、とんかつは明治時代、しゃぶしゃぶは戦後に普及しており、日本では古くからなじみのある料理だ。
この2つの料理を自社の直営レストランで提供するのが、「平牧三元豚」などのブランド豚で有名な平田牧場(本社・山形県酒田市)だ。もともと養豚事業を手掛ける会社だったが、現在は東北地方と東京都内でレストラン事業も営む。とんかつ定食やしゃぶしゃぶを同社のブランド豚肉で訴求する。
今回は筆者も利用経験がある東京駅前の商業施設「KITTE」の中にある「平田牧場『極』」(千代田区)と、山形県の「平田牧場 とんや」(酒田市)を紹介しつつ、ブランド豚誕生の軌跡とその人気の裏側を探ってみたい。
「無添加・国産のブランド豚肉」を直営店で提供する平田牧場
「当社は、私の父・新田嘉一(同社会長)が2頭の豚を飼い始めてから半世紀にわたり、良質な豚肉作りを続けてきました。『平牧三元豚』『平牧金華豚』のブランド豚を育てていますが、近年は、まだ消費者の方になじみの薄い『金華豚』という銘柄豚を中心に訴求しています」
こう説明するのは二代目の新田嘉七社長だ。1981年に入社後は、札幌や仙台、東京、酒田の各営業所を回り実務経験を積んだ。1999年に嘉一氏の跡を継いで社長に就任。
「平田牧場『極』」では、今や全国ブランドとなった平牧三元豚(年間生産頭数は約12万〜13万頭)ではなく、数の少ない平牧金華豚(同2万5000頭)を提供する。メニューの中には、幻の豚と呼ばれるほど生産頭数の少ない「平牧純粋金華豚」(同1000〜1200頭)もあり、平田牧場本店(物販店)の精肉コーナーでは「100グラム1500円」で売られる。同社の豚肉は牛肉より高いのも特徴だ。
一方、平牧三元豚も味わえる店の一つが、酒田市の「平田牧場とんや」だ。東京より低価格で提供し、例えばランチメニューの「平牧金華豚サービスロースかつ膳」が1400円、夜に注文が多くなる「平牧三元豚のしゃぶしゃぶコース」は3000円、「平牧三元豚と平牧金華豚のしゃぶしゃぶコース」は3500円となっている(価格はいずれも2016年3月時点)。
「東京駅前にある『極』は、夜は友人・知人との会食や接待でご利用される方が多いですね。7500円と1万円のコースメニューがありますが、接待で利用されたお客さんからは『もっと高いコースも出してほしい』とも言われます。一方の『とんや』の来店客は、酒田を訪れた観光客の方が目立ちます。常連客の中には連日来店して、とんかつを食べる方もおります」(同)
たった2頭から始まったブランド豚作り
では、そのブランド豚を生んだ、同社の養豚事業について見ていこう。「豚」と聞くと、中高年では白い豚を思い浮かべる人も多いが、あれはかつて主流だった「中ヨークシャー」という品種で、肉質は良いが脂身も多く精肉の割合が少ない。嘉一氏が最初に飼った2頭もこの品種だったが、他の品種と交配させて品種改良が進んだ結果、今では世間であまり見かけなくなった。
平牧三元豚は「ランドレース(L)」「デュロック(D)」「バークシャー(B)」を交配した豚だ。三元豚=三種の豚の交配種の意味で、同社以外の業者も手掛けており、品種もLDBと決まっているわけではない。こうしたブランド豚(銘柄豚)は、国内で約250〜300もあるという。「国産ブランド豚肉に関するバイヤー調査」(2012年7月30日、日経リサーチ)では、「かごしま黒豚」(鹿児島県)、「あぐー豚」(沖縄県)に次ぎ、「平牧三元豚」は3位となった。首位の「かごしま黒豚」は江戸時代からあり、純粋(=単一種)のバークシャーだ。
現在80代の嘉一氏は、若い頃は豚舎で豚と一緒に寝たほど、良質な豚肉の商品開発に情熱を注いだ。やがて豚の品評会で山形県産の倍近い価格で取引された鹿児島産バークシャーの存在を知り、現地で母豚を購入したという。その後、さまざまな品種改良を行い、74年から平牧三元豚の開発を、88年から平牧金華豚の開発をそれぞれ始め、試行錯誤の末に今日のブランド豚肉に育て上げたのだ。
同社の豚は、東北地方を中心に59カ所の直営農場・提携農場で育つ。豚を健康に育てる安全管理にも厳しい目を光らせており、豚舎には限られた関係者しか出入りできない。出入りの際は帽子と白衣とゴム長靴姿で、手洗いや消毒を繰り返してから入場する。鼻が敏感な豚はニオイもストレスになるので、床にはニオイを抑える善玉の微生物が増殖しやすい敷材を敷きつめている。
そして、父の跡を継いだ新田氏が推進するのは、豚に飼料用米を食べさせる「こめ育ち豚」だ。山形県遊佐町や酒田市など庄内地方の休耕田で栽培した米を飼料の15〜20%に用いている。
「世界的に見ても、スペインの『イベリコ豚』はドングリを、イタリアの『パルマ豚』はホエー(乳清)を飼料とするように、その地方の産物を飼料に使うのは珍しくありません。金華豚や平牧三元豚のように飼料用米を食べて育った豚は脂質が甘く、あっさりした味になります」(同)
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