大物IT起業家がハルク・ホーガンを利用してメディアを潰しにかかったワケ:世界を読み解くニュース・サロン(5/5 ページ)
今、米国で物議を醸している裁判がある。プロレスラー、ハルク・ホーガンのセックス・スキャンダルをめぐる裁判だ。W不倫の暴露記事をめぐって争われているが、この裁判の裏には“陰謀”があった。それは……。
ティールのやり口がまかり通れば
確かにゴシップ色が強く、やりすぎ感もあるゴーカーだが、社会にとって意味のあるスクープ記事も掲載している。例えば、すでに述べたFacebookのトレンドについての記事や、ヒラリー・クリントン前国務長官が私的サーバで機密情報の含まれた電子メールを使っていた件で重要な報道をしたり、前トロント市長であるロブ・フォードがコカインを使っている証拠の画像などを公表した。著名なジャーナリストが政治家などに好意的な記事を掲載すると約束した電子メールを暴露したこともある。
そしてこの話題はIT業界をも揺るがしている。米サン・マイクロシステムズ社の共同設立者ビノッド・コースラのほかに、TwitterやUber、Instagramなどに初期投資をしたことでも知られる有名投資家クリス・サッカは、ティールのやり方を「博愛主義的だ」と評価している。一方で、アマゾンのジェフ・ベゾスCEOやイーベイの創設者ピエール・オミダイアはティールのやり方に反対する立場を示し、意見が分かれる事態になっている。米ワシントンポスト紙を2013年に買収したことでも知られるベゾスは、次のようにティールを批判している。
『綺麗な表現には、プロテクション(表現する側への保護)は必要ない。不快な表現にこそ必要なのだ。一歩下がって見ると、私たちの素晴らしい社会が成り立っている一因には、耳障りな表現を許容する文化的な規範があるからだ。不快なことも語らせるべきなのだ』
もちろん、事実無根のデタラメを許せということではない。米国ではジャーナリストなら人の不快に思うことを書くのも仕事のうちで、それを阻止しようとする動きは社会そのものを否定するようなものだ、とベゾスは語っているのである。考えさせられる言葉だ。
破産申請したゴーカーメディアは、ゴーカーよりもトーンダウンした“大人しい”メディアであるジフデービスという出版社が買収する方向になっている。だがゴーカーの象徴的存在で共同設立者のニック・デントンは上訴でホーガンとの戦いを続けるという。
ティールのやり口がまかり通れば、結果的に中小だけでなくメディア全体を萎縮させることになる。
FacebookやLinkedInといった新しいSNSなどに投資をして世の中で発展させる手助けをしてきたティールのような人物が、ベゾスの言うような表現における「文化的な規範」の破壊を先導する姿は見たくはない。
筆者プロフィール:
山田敏弘
ノンフィクション作家・ジャーナリスト。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフルブライト研究員を経てフリーに。
国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)がある。
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