トヨタと職人 G'sヴォクシーという“例外”:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)
恐らく世の中で売られているあらゆるクルマの中で、最も厳しい要求を受けているのが5ナンバーミニバンである。今回はそのミニバンを取り巻く無理難題について伝えたい。
江藤氏に聞いたのは、クルマを良くする手順である。最初に手掛けるのはボディとタイヤ/ホイールだそうだ。ボディは得心がいくが、タイヤじゃなくてタイヤ/ホイールとはどういうことだろう?
「タイヤとホイールを一体にしたときの弾性バランスってのがあるんです。G'sノアに使ったタイヤはブリヂストンのポテンザRE050。タイヤ自体の縦ばねと横ばねのバランスが良いのが採用の理由です。だけどかなり多くのホイールが硬すぎる。ホイールの弾性が足りないと良いアシになりません」。ホイールの面剛性ならともかく、筆者は残念ながらまだホイールの弾性の差を感じたことがないので、相槌(あいづち)も打てない。ただRE050の評価はおっしゃる通りだと思う。
1つ心配なのは、それだけ緻密なレベルのセッティングがクルマの妙を生んでいるとするならば、このクルマを買ったオーナーはほかの銘柄のタイヤに履き替えられないということだ。特にRE050はブリヂストンがミシュランPS2を研究して作ったラインアップ上の異端児であり、商品展開上の後継タイヤは存在しても、設計思想的な後継タイヤというものは存在しない。アフターマケット品としては既にカタログ落ちしており、メーカー純正タイヤとしてのみ生産が続行されている行き先未明な状況なのだ。G'sを買ったオーナーがタイヤ交換が必要になったとき、RE050が存在しているかどうかは心配である。
肝心のノアのどこをどのように変えたのだろうか? 資料にはボディに組み込んだ補強が示されている。つまりボディ剛性の向上が最大の秘密なのだろうか? そう尋ねると「剛性そのものは絶対的に高い必要はないんです。ただしバランスは大事。ノアの場合、燃タンで剛性が出ちゃうので車両の右と左で剛性バランスが違うのが問題です」。
G's専用の補強が施された床下。(1)フロントサスペンションメンバーブレース(2)フロントサスペンションメンバーセンターブレース(3)リヤサスペンションブレースアッパー(4)リヤサスペンションセンターブレース(5)リヤサスペンションリヤブレースロア(6)センターフロアブレースNo.1(7)センターフロアブレースブラケット(8)センターフロアブレースNo.2(9)フロントブレーススパッツ(10)フロントホイールハウス後端スパッツ
写真を見ると分かるが、車両左側の床下の黒い塊が燃料タンクである。薄型化低床化されたフロアによって行き場を失った燃料タンクは、四輪駆動モデルのプロペラシャフトを避けるため、片側に寄せられたのである。知恵の輪のような設計だ。タンクは当然立体だ。鋼板でできたタンクをこの位置に持ってきたことで、燃料タンクが構造部材として機能してしまったのである。元々剛性が不足気味のフロアなので、てきめんに効いてしまった。G'sではこのアンバランスを補うために、右側に前後をつなぐ斜交いを入れたのである。合わせてフロアの前後に左右に補強材を渡し、併せてサスペンション取り付け部を強化した。
そのほか、肝心な部分にはしっかり手が入っている。ばねとショックアブソーバーは専用だし、パワステも専用チューニングが施されている。ブレーキはキャリパー/パッドとも専用品だ。ノアSiの274万円に対して312万円。差額は38万円。それだけの価値はあると思う。
G'sがどんな場所で開発されているのか尋ねてみたところ、テストは東富士テストコースの構内路を使って行われている。サーキットのようなテストコースをギャーギャーとタイヤを鳴かせてしごき上げて作るわけではないのだ。
トヨタは今、もっといいクルマ作りをコンセプトとして、合理的な設計へと舵を切っている。それ自体はとても良いことだと思う。ただその合理的な未来絵図の中で、江藤氏のような資産をどう活用していくのか、それもまた重要なことだと思うのである。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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