鉄道会社向けの「人身事故損害保険」は必要か?:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/3 ページ)
今年3月、最高裁でJR東海が敗訴した。認知症患者による人身事故について、家族への損害賠償請求が認められなかった。恐らくこの事例がきっかけとなって、鉄道会社向けの人身事故損失に対する保険商品を発売された。しかし、改めてJR東海の裁判の意図を推し量ると、この保険は空回りしそうな気がする。
大企業が遺族をいじめるという意図ではなかった
JR東海は最高裁判決で敗訴した。それでいいのだ。意図通り。まさしく「負けて勝った」。もともとJR東海は事故で亡くなった男性や遺族に対し、怒りも恨みはなかったはずだ。とはいえ、裁判の相手に対して訴訟の真意は説明できない。結果的に事故を起こした家族がスケープゴートになってしまった。その意味では「JR東海の家族イジメ」の批判を受けても仕方ない。判決後の様子が報じられていないけれど、JR東海からこの家族に対して、何らかの精神的ケアがあればいいのだが。
ここまで、あくまでも私の考察に過ぎない。しかし、この仮説が当たっているとすれば、「鉄道会社向けの人身事故損失に対する保険商品」は必要だろうか。認知症患者が亡くなる程度の人身事故損害額は、企業の体力からすれば損金で処理できる程度。もし保険の補償が必要になるとすれば、その規模は、人身事故の結果、列車が脱線し、乗客に死傷者多数、線路際の建物も損壊、というレベルだろう。福知山線尼崎脱線事故のような規模もあるかもしれない。しかし、そのとき、最高10億円で済むだろうか。むしろ、企業におけるさまざまなリスクに対応する、もっと大型の保険になりそうだ。
補償額に応じた保険料は設定されるだろう。最大10億円の掛け金はいかほどになるか。保険の対象は、会社か、路線か、駅もしくは踏切か。人身事故といっても、認知症患者もいれば、自殺者、スマホ歩きなどさまざまだ。すべてに適用できるか、免責事項は何か。免責の対象になってしまえば、今後も遺族が補償請求されるという状況は変わらない。
「鉄道会社向けの人身事故損失に対する保険商品」は、大手損害保険会社が、過去の鉄道事故発生率と損害額について、綿密な調査の上で設定したであろう。さて、どれほどの魅力を持っているだろうか。
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