値下げで増収? ある第三セクターの緊急対策:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(4/4 ページ)
経営努力をしても減らない赤字を自治体の補助でなんとかクリアする。多くの地方鉄道事業者の実情だ。できることなら運賃を値上げしたいはず。ところが、富山県の鉄道事業者が一部区間で運賃を値下げした。その特殊な事情とは……。
値下げすると分け前が増える
「あいの風とやま鉄道」の越中大門駅から高岡駅へ行く人にとって、高岡まできっぷを買うより、実際には乗らないJRの駅まで買った方が安いとなれば、安い方を選択するだろう。これが横行すると「あいの風とやま鉄道」はとても困る。
乗客にとって、210円区間に乗るために200円の乗継割引きっぷを買えば、10円安くなるだけだ。しかし、「あいの風とやま鉄道」としては、210円の収入になるはずが130円になってしまった。きっぷ代が10円安くなっただけではなく、200円のうち70円はJR西日本の取り分になるからだ。つまり、乗客が10円トクしようと思ったら、「あいの風とやま鉄道」が80円の損となっていた。
そこで「あいの風とやま鉄道」は、乗継割引より高くなっていた210円の区間だけ10円の値下げを実施した。10円の減収に見えるけれど、今まで乗継割引きっぷで自社線内だけを利用していた人が、自社線内の正しいきっぷを買ってくれたら、JR西日本へ渡す70円の負担が消える。10円の値下げで差額の70円の増収が期待できる。
実際に乗継割引を使ってトクをしていた人がどれだけいたかといえば、わずかだっただろう。しかし、放置しておくと、このトリビアが広まってしまう。乗車券の10円の差は小さいけれど、1回あたり80円の減収は大きい。通勤定期券になれば、減収額はもっと大きくなる。これは看過できない。
4月14日に発表し、4月15日から値下げ、とは緊急発表だけど、4月に6カ月定期を更新する人が多いと考えられるから、「あいの風とやま鉄道」にとっては緊急事態だったと言える。
開業時の運賃設定のツメが甘かったと言ってしまえば身もフタもないけれど、気付いた段階で直ちに是正したという部分は良かった。
「あいの風とやま山鉄道」は、定期運賃の日割り精算と買い換え手続きを始めた。「値下げした区間の定期券を安くなった定期券に切り替えます」という。しかしこの行間には、表には書けない気持ちもあるだろう。「実際にはJR区間に乗らない人が連絡定期券を使っていたら、当社線内の正しい区間の定期券に買い換えてほしい」だ。
もし、そんな人がいたとするならば、ぜひ応じてあげてほしい。精算金額は大差ないかもしれないけれど、「あいの風とやま鉄道」の収入を増やし、地域の鉄道に貢献できる。
ほかの地域の第三セクター、地方鉄道も、乗継割引制度に不具合がないか、点検したほうがいいだろう。お客さんに良かれと思って実施した制度が、思わぬ使い方をされてしまい、本来得られるはずの利益を失う。これは鉄道に限らない。すべての事業者が教訓とすべき事態だ。
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