マクロミルをつくった“妄想家”の軌跡:夏目幸明の「経営者伝」(3/3 ページ)
自ら事業を立ち上げ、会社を成長させていく起業家たち。彼らはどのように困難を乗り越え、成功を手にしたのか。経済ジャーナリストの夏目幸明氏がその軌跡を追いかける。第1回はマクロミルの創業者、杉本哲哉氏の創業エピソードをお伝えする。
妄想+志=ビジョン
マクロミルは、04年に東証マザーズ上場、05年には東証1部上場を果たしている。創業からわずか5年での東証1部上場は快挙と言っていい。この間、大資本を持つ競合も多数現れたが、猛スピードでシステムを改良し続け、多様な顧客ニーズに対応したことによって追随を許さなかった。
例えば、スクリーニング調査(実際の調査を行う前に、母集団の中から、特定の条件に合致するサンプルを抽出するために行われる調査)の機能を付加したり、自動集計された調査結果をクライアント自身が手元でクロス集計、データ加工、コメント付きのレポート作成ができる機能を実装するなど、マクロミルはすさまじい速度でマーケティングリサーチのIT化、オートメーション化を進めていった。
事業には鳥の目と虫の目が必要なのだという。鳥になって大きな視野で世の中を捉えながら、一方では虫の複眼のように、近づいてさまざまな角度から物事を見なければ成功しない。
「全て、考えに考え抜いた結果です。ベンチャー企業なんて、ウミガメの子どものようなもの。1万匹、海に出て行っても生き残るのは2〜3匹。だから、他者より考え、そして行動し続けなければ生き残れないんです」
さらに杉本はこう話す。「妄想を膨らませると、その後、何が起きても既視感がある。だから焦らない」と。トラブルもあるし、新サービスが予想外にウケなかったこともあるが、それらは全て想定内なのだ。
しかし、ふと疑問に思う。具体的に妄想するといっても、それを必ず現実に落とし込めるとは限らない。寝ながら見る『夢』に終わってしまったら悲劇だ。ならば、夢で終わらせないための要素は何なのか。
「今まで『妄想』という言葉を使ってきましたが、そこに志が加わると『ビジョン』になるんです。ビジョンがなければ周囲の理解は得られないでしょうし、社員だってついてきてくれません」
そしてそのビジョンを語ることこそが、人材、そして事業を育てていく上で重要なのだという。どういうことか。
次回は、その理由が明らかになる「上場」と「マネジメント」にまつわるエピソードをお伝えする。
杉本哲哉(すぎもと・てつや)
1967年生まれ。神奈川県横浜市出身。早稲田大学社会科学部卒業後、リクルートへ入社。00年にネットを活用した市場調査を行うマクロミルを創業し、代表取締役社長に就任。04年東証マザーズ、05年東証一部へ上場。グループ社員数1700人、世界13カ国34拠点で展開。現在社長を務めるグライダーアソシエイツは、12年の設立。運営しているキュレーションアプリ「antenna*(アンテナ)」は現在、ユーザー数約650万人、提携メディア数約300、クライアント数約1500社。
著者プロフィール
夏目幸明(なつめ・ゆきあき)
1972年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。現在は業務提携コンサルタントとして異業種の企業を結びつけ、新商品/新サービスの開発も行う。著書は『掟破りの成功法則』(PHP研究所)、『ニッポン「もの物語」』(講談社)など多数。
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