東京圏主要区間「混雑率200%未満」のウソ:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/5 ページ)
お盆休みが終わり、帰省先から首都圏に人々が帰ってきた。満員の通勤通学電車も復活した。国も鉄道会社も混雑対策は手詰まり。そもそも混雑の認定基準が現状に見合っていないから、何をやっても成功できそうにない。その原因の1つが現状認識の誤りだ。
国の施策の功罪
高度成長期、都内の電車の混雑は300%を超えていたという。250%でさえ限界だと思うけれど、300%はどんな状態だろう。座っている人の上空を、立ち客の身体が覆い、小柄な人は押しつぶされ、体重が軽い人は床から足が浮く。駅には乗降扉ごとに乗客を電車に押し込む「押し係」がいて、彼らはドアが閉まる瞬間、ドアにしがみつく乗客を引きずり下ろす「剥がし屋」になる。体力がなければ身体を壊し、死人も出かねない殺伐とした世界だ。
この異常な事態は、新路線の整備や列車の長編成化、車体の大型化、乗降扉の数を増やすなどの対策で緩和されていった。運輸省(現・国土交通省)は、混雑率180%以下を目指した施策、鉄道会社への働きかけを行ってきた。例えば、1986年に制定された「特定都市鉄道整備促進特別措置法」だ。輸送力の増強が必要な区間について、工事費用に必要な割増運賃を認める。その代わり、工事終了後10年間にわたって運賃を値下げし、割増運賃を負担した利用者に還元する。
これとは別に、都市圏の鉄道整備については運輸大臣(後に国土交通大臣)の諮問機関として運輸政策審議会(後に交通政策審議会へ継承)が「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」という鉄道整備計画を大臣に答申してきた。
しかし、最新の答申198号を見ると、混雑の緩和より羽田空港国際化を受けた整備など「東京圏の都市の魅力アップのため」という意図が大きい。複々線やバイパス路線の整備も答申されているけれども、東京を便利にすれば、ますます人口の集中が起きる。鉄道の混雑率は下がらないし、うっかりすれば上昇するかもしれない。新路線の建設の見通しが立てば、不動産事業者が一斉に先行開発を始めるからだ。「いまは通勤電車が混んでいますが、数年後には解消される見込みですよ」。最近話題のマンションポエムも通勤事情は触れない。こうして混雑路線の沿線人口が増え続ける。
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