パリ協定の真実:池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)
世界中で内燃機関の中止や縮小の声が上がっている。独仏英や中国、米国などの政府だけにとどまらず、自動車メーカーからも声が上がっている。背景にあるのが「パリ協定」だ。
実現手段のない規制
しかし、こういう分かりやすい意見は往々にして危ない。パリ協定の理念は大変崇高だと思うが、詳細を調べて見ると、実はとても拍手ができる目標設定ではないのだ。
パリ協定では中期と長期の2種類の削減目標が設定されている。中期は2030年まで。これは経産省のレポートを見ても、厳しいながら何とかプランが成立している。
問題は2050年の長期目標である。経済産業省の行った試算によれば、2050年までにそれだけの温室効果ガスを削減するとすれば、2013年の排出量から80%削減というとんでもない数値となる。2013年のわが国のCO2排出量は約14億トンだから、約3.6億トンに削減せよということになる。経産省が「具体的な方策の未確立」と書くほど、最新技術どころか、まだ萌芽すらない未来技術に期待せざるを得ないプランである。太陽光だ、風力だ、水素だという補助金なしに商業化が微妙な段階にある技術は全部採算ベースで実現した上で、まだ見ぬ新技術が生まれて来ないと達成できない。
経産省のレポートを2つ抜き出そう。
- 長期地球温暖化対策プラットフォーム報告書
- 地球環境政策について(上の報告書のサマリー版)
「80%という大幅な削減を現状及び近い将来に導入が見通せる技術で実現すると仮定する。この場合、業務・家庭部門におけるオール電化又は水素利用、運輸部門におけるゼロエミッション車又はバイオマス燃料への転換、エネルギー転換部門における再生可能エネルギー・原子力・CCS(CO2回収・貯蔵)付火力による電力の100%非化石化等、エネルギー関連インフラを総入れ替えすることが必要となり得る。これは、巨額のコスト負担と、痛みを伴うエネルギー構造の大転換を意味する。外交、防衛、財政の健全化、社会保障、エネルギー安全保障といった他の重要政策を全うしながら、上記の負担を負い、構造転換を進めていくには、非常な困難が伴う」
「産業部門や農業部門の中には、製品や作物の生産に付随して排出される温室効果ガス があり、2013年度には産業部門で約3.6億トン、農業部門で約0.4億トンの不可避の排出がある。このため、仮に業務・家庭・運輸・エネルギー転換部門をほぼゼロエミッション化できたとしても、80%削減という水準においては、農林水産業と2〜3の産業しか国内に許容されないことになる」
筆者個人ではとても経産省の試算を検証することはできないので、一応これが政治的ポジショントークではないと仮定する。このあたりがエネルギー政策の難しいところで、多くの場合、どこが算出したデータかによって、結果が左右されてしまう。
一応、経産省の試算に則って、経済の行く末を考えてみよう。産業を大幅に減らし、生産時のCO2排出抑制のため、日本が仮に「自動車の生産」という温室効果ガスの負荷が高い産業から撤退したとしよう。資本主義の原則に則れば、自動車生産は他国に転移するだけである。つまり全世界が同時に同じ覚悟で取り組まない限り地球規模ではちっとも削減にならない。その効果を確定させるためには世界的に自動車の利用そのものを制限しないと実現できないことになる。そしてそうやって一斉に同じ基準を設ければ、新興国の不満が爆発する。「われわれの経済発展のチャンスを封じるのか」。言われれば返す言葉がない。その通りである。
とんでもない新技術が新たに生まれない限り、真剣にこの基準を守ろうとすれば江戸時代の生活に逆戻りするしかない。いや人口の増加を加味したら、それでも難しいかもしれない。産業革命が始まった18世紀中ごろ、世界人口は8億人に過ぎなかったが、今やそれは75億人目前である。ちなみに人間の呼気のCO2に関しては温暖化への関与はゼロである。植物が窒素と二酸化炭素を消費し、それを家畜が食べ、食物連鎖の頂点にいる人間がこれらを食するので、食物連鎖全体でみると、プラマイゼロが成り立つ。いわゆるカーボンオフセットが成立しているのだ。しかし、人が生きていくには食物以外にもエネルギーが必要だ。光熱や移動にかかるエネルギーの類いは食物のようにオフセットされない。10倍に膨れ上がったこれらのエネルギー消費を果たして全部ゼロエミッションにできるかと言えば、さすがに夢物語と言わざるを得ない。これらを理解するとトランプ大統領の発言は少し違うものに聞こえてくる。
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