無資格検査 日産の社長が「謝罪」をしない理由:スピン経済の歩き方(5/5 ページ)
無資格の従業員に「完成検査」をさせていたことが判明した日産自動車が、38車種116万台のリコールの届け出をした。多くのメディアがこの問題を報じているが、筆者の窪田順生氏は同社の「危機管理対応」に注目しているという。どういうことかというと……。
攻めの危機管理はうまくいくのか
実はその可能性を裏付けるようなエピソードが、2017年6月23日の三菱自動車の定時株主総会であった。『レスポンス』(6月24日)によると、株主からは以下のような厳しい言葉が益子会長に投げかけられた。
「益子さんは10年以上、三菱自動車にいて、燃費不正を招いた張本人である。今こそやめるべきではないのか」
「益子氏は10年以上社長でありながら、ずっと低空飛行。これだけテレビ、新聞で問題になったのに、なぜ責任を取らないのか。やはり取るべきだ。責任を取るべきだという人に拍手をいただきたい」
それを擁護したのはカルロス・ゴーン会長だった。「益子氏については結果に基づいて評価してほしい」「結果を出せると信じているから、益子を慰留した」というゴーン会長の言葉からは、日産が益子会長を「三菱再建のキーマン」としてとらえ、世間の批判から守るという強い意志が感じられる。
だからこそ、不正発覚直後、日本中が注目したあの時期に登壇させなかったのではないか。「深々と頭を下げる」という「汚れ役」を相川社長が一身に引き受けたことで、益子会長の立場を守ったのではないか。
このような「攻め」の危機管理を行う企業ならば、広報部長の謝罪会見や、お詫びを口にしながらも頭を深々と下げないという対応も説明がつく。
この局面ではどのポジションの人間が頭を下げておくべきか。何に対して「お詫び」の姿勢を示し、自分たちの正当性をどこまで主張をしておくのか。冒頭で日産の危機管理を「かなり攻めている」と評した理由がご理解いただけたのではないだろうか。
とにかく社会を裏切ったら真摯(しんし)に謝るべし、という独特の謝罪文化がある日本では、このような外資系企業的な発想の企業防衛はあまりうまくいったためしがない。事実、既に一部のマスコミは、「消費者への重大な背信」なんて感じで、問題の拡大化を始めている。
やっちゃえNISSAN。あのCMと妙にかぶる攻めの危機管理は果たしてうまくいくのか。注目したい。
スピン経済の歩き方:
日本ではあまり馴染みがないが、海外では政治家や企業が自分に有利な情報操作を行うことを「スピンコントロール」と呼ぶ。企業戦略には実はこの「スピン」という視点が欠かすことができない。
「情報操作」というと日本ではネガティブなイメージが強いが、ビジネスにおいて自社の商品やサービスの優位性を顧客や社会に伝えるのは当然だ。裏を返せばヒットしている商品や成功している企業は「スピン」がうまく機能をしている、と言えるのかもしれない。
そこで、本連載では私たちが普段何気なく接している経済情報、企業のプロモーション、PRにいったいどのような狙いがあり、緻密な戦略があるのかという「スピン」に迫っていきたい。
窪田順生氏のプロフィール:
テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで100件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。
著書は日本の政治や企業の広報戦略をテーマにした『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。
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