漫画『カレチ』『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』が描く、国鉄マンの仕事と人生:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(4/5 ページ)
国鉄末期の旅客専務車掌を主人公に、当時の鉄道風景と鉄道員の人情を描いた漫画『カレチ』。その作者の池田邦彦氏に、鉄道員という仕事について話を聞いた。
「与えられた仕事を好きになれ」
池田: 荻野カレチは若いんですけど、本当のカレチはもっとどっしりした、普通は「この人なら大丈夫だろう」という風体の人が多かったですね。漫画って、絵で見せなくちゃいけないので、車内でトラブルを抱えた人がいて、それをどう解決するかってのが基本なんです。でも、100%の解決は現実でもあり得ない。大人向けの漫画なので、「一応解決はしましたけど、これはどうなんだ」という終わり方が多いですね。
――乗り継ぐお客さまのために、うそをついて支線の接続列車を待たせて、だけど、接続を待つ支線側の鉄道職員にも、定時運行させるというプライドがあるわけで、という話がありますね。責任というか、誇りとプライドのぶつかり合いというか。荻野が怒られちゃう。自分のお客さんだけを大切にすると、他のお客さんに迷惑が掛かってしまう。その悩み、いまのビジネスマンにも通じますね。
池田: このエピソードは実話を基にしているんですけど、実際は遅らせても1分くらいで、はいはい分かったよ、で済んでるんです(笑)。そこを膨らませて、それぞれの当事者はどう考えているのか、そこに解決はあるのか、という話にしました。
――社会経験のある人だったら、かなり共感するというか、考えさせられる話ですよね。当時の鉄道員の結婚観も興味深かった。荻野カレチが女性の好意に鈍感で、お弁当を作ってくれてもピンと来ない。しびれを切らした上司が世話を焼く。あんなことって、いまはないんでしょうか。まあ、あったら僕も結婚していそうな気がしますが(笑)。
池田: 仕事にしても結婚にしても、やっぱり「主流」ってものはあっていいと思うんですよ。主流ってものを理解した上で、でも違う生き方をしたいというならいいと思うんだけど、今はないじゃない。人それぞれ、どうぞご自由に。それって実はやりづらいんじゃないかな。個性を伸ばしなさい、夢を持ちなさいっていうけれど、「いいから勉強しろ!」ってまず言われた方が幸せになれたかもしれない。その時に、それは違うんじゃないかって試行錯誤してきたっていうかね。僕らはそういう経験をしているじゃないですか。主流なしで、個性とかいわれても、何が個性だっていう。
――先生の仕事観、人生観が作品に表れますね。
池田: ニレチ(荷物列車の車掌)を目指していた村上君の話で、上司の「与えられた仕事を好きになれ」っていうせりふがあるんです。そこに共感してくださった読者さんは多いですね。あのせりふにはいろんな意味が含まれていて、本当にそう思っちゃったらまずいですよ。特にあの場面では、上司が「与えられた仕事を好きになれ」って言って、部下が「はいそうですか」でしょう。そういう人間はまずい(笑)。
自分が悩み悩んでその境地に到達した人には力になる言葉だと思う。自分で夢を追ってつかんだ仕事でも、与えられた仕事でも、楽しい部分は1割か2割。その意味では大差ないんです。荻野は鉄道が好きで、夢をかなえていった人ですよね。でも、つらいことの方が多いですよね。その意味で、与えられた仕事を好きになるってことは幸せに生きることだよ、大切だよ、とは言えるんです。これがカレチのテーマかなあ。
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