中国製EVに日本市場は席巻されるのか?:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/5 ページ)
「日本車が中国製の電気自動車にやられたりする心配はないの?」。最近何度かそんな質問を受けた。本気でそんな心配している人は本当にいるらしい。
中国は鎖国中
さて、ではいよいよ本命の乗用車だ。例えば、中国が日米に乗用車を輸出しようとすれば、自由貿易が成立していなければならない。「中国は自由に輸出するが、他国からの輸入は禁止」などという片務的なトレードは通常あり得ない。
ところが、乗用車に関する限り、中国は鎖国中だ。今や世界中の自動車メーカーが中国国内でクルマを売っているが、そのほぼ全ては中国国内生産である。しかも中国国内で生産するには、必ず現地資本との合弁で外資側が過半数の株式を持てない法律がある。
もちろん狙いの1つは技術転移だが、現地企業が過半数の株を持っているということは、進出した企業は議決権を持っていないことになる。そして中国企業には会社内に必ず共産党組織があり、党が強い影響力を持っている。つまり共産党は中国国内にある全ての自動車製造会社の方針を決定する権利をキープしているのだ。
例えば、トヨタは天津一汽トヨタ自動車有限会社と広汽トヨタ自動車有限会社という、トヨタの名を冠する2つの会社を中国に持っているが、これらの会社は連結決算対象の子会社ではない。トヨタの名を冠しながら、あくまでも関係会社であって、トヨタが自在にコントロールできるとは限らない中国企業なのだ。中国は西側諸国のような自由貿易の枠組みの中にいないということになる。
さて前述のように、中国が日米に乗用車を輸出したいとすれば、中国もまた自国への輸入を認めなければならない。中国が自動車貿易の自由化を言い出さないということは、自国のマーケットを開放することと、他国に輸出できることの利害をトータルで考えたとき、輸入超過になることを案じているということだ。中国はまだ自国の自動車産業が国際競争にさらされて勝てると思っていないのである。一例として日中の市場規模を比べてみよう。年間の新車販売台数は、中国の2600万台に対して、日本は500万台レベルである。仮に自由貿易化して互いのシェアの10%を獲得したとすればどっちが得をするか? しかも日中合弁企業が中国で売っていたクルマが日本からの輸入に置き換えられたりしたら数字以上にマイナスである。
ただし、一部で既に中国はクルマの輸出を始めている。それは非自動車生産国への輸出だ。相手国がそういう国であれば相互貿易をオープンにしても問題がない。
しかし長期的に見たときはどうだろう? 仮に中国が今後自動車の自由化を進めた場合、中国はグローバルマーケットと戦わなくてはならない。仮にインドやASEANなど労働単価が中国より安い国で作ったクルマが中国市場に流れ込んだとき、中国メーカーはそれらの輸入車と戦えるだろうか?
実はこの点で中国は不利である。先進国の自動車メーカーは既にグローバルな貿易条約や労働単価をにらみながら、最も有利な場所を選んで生産拠点を設けている。関税特典のある国で作って、大きな消費のある国へ非関税で輸出するというルーティンは既にスタンダードになっているのだ。
ところが中国はそう簡単に同じ手が打てない。仮にBYDのような中国の民族系自動車メーカーが生産拠点を海外へ進出させた場合、進出先国に外資規制があった場合(往々にして新興国には自国産業維持のためにそう言う規制があるが)党の統制が効かなくなる恐れが高い。
これはかつて日本の製造業が海外進出を始めたころと同じ状況だが、元々が自由貿易を実践していて、企業に対する国のガバナンスの問題は発生せず、問題が専ら経済面だけで済んだ日本とは深刻さのレベルが違う。共産党にとって雇用の維持創出は重要施策の1つであるが、企業の海外進出で国内雇用を喪失すると政権基盤が脅かされる可能性が出てくる。そしてそれは同時に経済成長率を圧迫する。
関連記事
- トヨタはEV開発に出遅れたのか?
「世界はEV(電気自動車)に向かっている」というご意見が花盛りである。併せて「内燃機関終了」や「日本のガラパゴス化」といった声をよく耳にする。果たしてそうなのだろうか。 - 内燃機関の全廃は欧州の責任逃れだ!
「ガソリンエンジンもディーゼルエンジンも無くなって電気自動車の時代が来る」という見方が盛んにされている。その受け取り方は素直すぎる。これは欧州の自動車メーカーが都合の悪いことから目を反らそうとしている、ある種のプロパガンダだ。 - 日産とスバル 法令順守は日本の敵
完成検査問題で日本の自動車産業が揺れている。問題となっているのは、生産の最終過程において、国土交通省の指定する完成検査が無資格者によって行われていたことである。これは法令順守の問題だ。ただ、そもそもルールの中身についてはどこまで議論がされているのだろうか。 - パリ協定の真実
世界中で内燃機関の中止や縮小の声が上がっている。独仏英や中国、米国などの政府だけにとどまらず、自動車メーカーからも声が上がっている。背景にあるのが「パリ協定」だ。 - 2017年 試乗して唸った日本のクルマ
2017年も数多くのクルマがデビューしたが、全体を振り返ると日本車の当たり年だったのではないかと思う。改めて筆者が特に心に残ったクルマ4台のクルマをデビュー順に振り返ってみたい。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.