アルファード/ヴェルファイアの深い悩み:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/4 ページ)
トヨタの中でも屈指の「売れるクルマ」であるアルファード/ヴェルファイアがマイナーチェンジした。その中身はどうなっているのか。実際に乗ってみるとさまざまなことが浮き彫りになってきた。
運転するのはオーナーか運転手か?
チーフエンジニアにいったい1列目と2列目どっちを大事にしたいのかと尋ねると、「これからという話であれば、このクルマは運転手付きの方向にしていきたいと考えています」と言う。「だったら」と言えば、「と申しましても、国内で10万台を売っていきたいと考えると、現状ではドライバーカーとしての部分もなかなか切り捨てられないのです」。責任のない外野のたわごとかもしれないが、岡目八目とも言う。ここを割り切らないとこのクルマは先に進めない。
さて、では振動はなぜ出るのか? そもそもミニバンという車型に無理がある。四角い箱にスライドドア。運転席はAピラーとBピラーで前後を輪切り方向の環状構造に挟まれている。3列目もCピラーとDピラーで同様である。しかしスライドドアの場合、BピラーとCピラーの間隔がどうしても長くなる。しかも2列目と3列目の乗降性の確保のために、ドアの間口は床とツライチが求められる。普通の乗用車には必ず敷居があり、それがボディ剛性に大きく貢献している。中央は中央でウォークスルーのための廊下なのでセンタートンネルもない。床だけでなく屋根側も目一杯空けるために鴨居が存在しない。要するに1列目と3列目の間は屋根と床の板だけでつながっている。
では床板を二重にするなど、立体構造にしてそこで剛性を確保しようとすれば、今度は乗り降りが大変になる。「低床にしてくれ」と要求されるわけだ。無茶苦茶な話だ。
しかもチーフエンジニアに聞くと、それ以外にも問題点はあるらしい。フロントからリヤへ向かって走る構造材が、下側のドアレールに圧迫されてそこだけ細くなっているのだそうだ。もちろん理想は太い構造材をまっすぐに後ろへ伸ばしたい。しかしドア開口部を大きくしろという要求を飲むとサイドシルの最も構造メンバーを通したい位置に大型のドアレールを設けなければならなくなる。ちなみに一般的なヒンジドアに対して、スライドドアは耐久性で劣る。その分をカバーしようとすれば否が応でも大型レールを採用するしかないのだ。
その結果、2列目シートがマウントされる床は剛性が不足してブルブルと震える。ちなみに、この床の振動波は車両横方向なのだという。ここまで書いた問題点はエンジニアは十分に分かりながら、各方面から寄せられる厳しい要求をかなえるために、深く悩みながらクルマづくりをしているのだ。実際さまざまなことを試している。試みにシートのアンカーボルトを左右のどちらか片方2本外すと振動は激減するらしい。ただしそれでは商品にならない。キャプテンシートの場合、シートベルトアンカーはシートバックに埋め込まれている。ボルト2本抜いた状態で乗れば、衝突時にシートごと飛んでしまう。せめて振動の周波数が特定のところにかたまっていれば、シートの締結位置や部材の重量調整で床の振動と共振しないセッティングも可能だが、振動周波数がバラけているのでそれも難しいという。
整理すると、問題解決の糸口は3つある。1つはスライドドアを諦めて、床下の構造材を前から後ろまで同じ太さで縦貫させる方法。マツダがCX-8でやったアプローチはこれだ。2つ目は乗降性とウォークスルーを諦めて敷居とセンタートンネルを設けて床そのものの剛性を上げる方法。3つ目は乗降性を諦めて床板を厚くすることで剛性を上げる方法。
どれも販売から激怒されるだろう。エンジニアはこういう制約の中で苦悩しながらクルマを設計しているのだ。
さてどうしたら解決できるか、筆者は床厚を増やすことを提唱する。最初に書いたシアター配列にしても、フロアの高さ自体が上がってしまえば、1列目は自然と睥睨視野が得られるし、2列目は今ほど床に対して座面を上げなくて良くなる。
厚さを稼いで構造部材が通せるならば床板のブルブルが抑制できるし、開口部も犠牲にならない。問題の乗降性は、電動タラップを用意すればいいのではないか? どうせ高価なクルマだ。電動のかっこいいタラップがついたら想定ユーザーは喜びそうに思う。
チーフエンジニアは「確かにおっしゃる通りで、社内でもその議論はあります。ただ、降雪時にタラップが作動するかとか、路肩に雪が積み上がっている場合そもそも使えないのではないかとか、いろいろと問題がありまして」と顔を曇らせる。
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