デジタル化は社会にとって脅威か?:慶應義塾大学大学院・岸博幸教授が語る(3/3 ページ)
日本政府が推進する第4次産業革命。ここでのキーワードの1つが「デジタル化」だが、それは産業や社会にどういったインパクトを与えるのだろうか。元官僚で、慶應義塾大学大学院の岸博幸教授に話を聞いた。
金融業界に始まったことではない
これから先、デジタル化がますます加速する中、それが社会や産業にどういったインパクトを与えるのだろうか。
メガバンクではAI・ロボット時代を見据えて大量リストラが始まっているが、実はこうした動きは昔から既に起きていた。その筆頭が音楽業界だ。2000年代に入り音楽がデジタル配信されるようになったことでCDの売り上げが激減。市場全体も右肩下がりを続けたため、各社で人員削減などが相次いだ。その後、出版や新聞、テレビなどメディア業界にもデジタル化の波が押し寄せ、市場が縮小しているのは周知のことだろう。
そして今、金融業界が矢面に立たされているが、この流れは今後もあらゆる産業に広がっていくというのが岸教授の見立てだ。実際、小売・流通業界でも無人コンビニなどが登場している。
このように既存の産業にとってデジタルは脅威になる側面もあるが、必ずしも敵対するものではない。むしろデジタルによって変革を起こすチャンスがあるからだ。その可能性を秘めるのが地方である。「未開拓であるがゆえに一番ポテンシャルがあります」と岸教授も強調する。
地方にはどのようなチャンスがあるのだろうか。1つ目は、地方ほどビジネスへのIT導入が遅れているため、即座に生産性が上がる可能性がある。2つ目は、多くの人がまだ知らない地方の魅力を発信するためにデジタルの力は不可欠だということだ。
岸教授は福井県鯖江市において、地元の伝統工芸である漆を生かした地方創生に取り組んでいる。今まで職人中心だったこの古い世界に、現代の要素や外部の知見などを投入しようと、東京のデザイナーを呼んだり、3Dプリンタを活用したりすることで、新たな漆の価値を創造しようとしている。「最先端のITあるいはデザインを導入するだけで地方は大きく変わるのです」と岸教授は意気込む。
ただし、これはどの地方でもできるわけではない。首長のクリエイティビティやリーダーシップに大きく左右されるという。鯖江の場合、牧野百男市長が新しいアイデアを次々と取り入れるリーダーで、例えば、オープンデータ活用や、女子高生がメンバーとなってまちづくり活動する「JK課」などが注目され、それがアテンションエコノミーになっている。
意思決定もスピード感があった。岸教授は2年以上前から鯖江とのプロジェクトを行っているが、最初に漆に携わりたいという話を牧野市長にしたら、1週間後には市が独自予算を用意してくれたという。
一方、ある地方でも市長と出会って、別のプロジェクトを立ち上げようと盛り上がったが、それからなしのつぶてで、3〜4カ月たって事務方から「できません」という連絡だけが来たそうだ。
「地方の首長の大半は後者でしょうね。実は地方は東京以上にいろいろなことができるポテンシャルがあるのに、首長によってそれを衰退させてしまっているのです」と岸教授は嘆く。地方の改革や活性化は俗人的な要素がほぼすべてだと考える。
これから先、デジタル化が進むほど、所得、企業間、地域間などあらゆる格差が広がるという。こうした中で全体の底上げをすることはもはや不可能で、成功事例を1つでも増やすことに注力すべきだという。格差が拡大する中で、特に地方は勝ち組になるために何をすべきか、それを考えないといけない。そうした点でも首長の意識改革は重要になってくる。
5年後、いや3年後にはデジタル化の波にうまく乗った企業や地方と、そうでないところとの差は今以上に明白なものになっているはずだ。
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