新幹線台車亀裂、川崎重工だけの過失だろうか:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/5 ページ)
山陽新幹線で異臭を発した「のぞみ34号」について、東海道新幹線名古屋駅で台車に傷が見つかった。JR西日本の危機認識、川崎重工の製造工程のミス、そして、日本車輌製台車からも傷が見つかった。それぞれ改善すべき問題があるけれども、もう1つ重大な問題が見過ごされている。「納品検査」だ。
自動車メーカーは徹底している
他の業界ではどうか。ちょっと昔の話になるけれども、線材部品の事例を紹介する。私の知人は長い間、ドイツの検査機メーカーの日本代理店を経営していた。渦流探傷器といって、針金などの傷を調べる機械だ。ドーナツのようなコイルに電流を流し、磁場を発生させる。そこに鉄などの線材を通すと、材料の表面に渦電流が起きる。傷があると渦電流が乱れる。それをセンサーで探知する仕掛けだ。これでどんな小さな傷でも発見できる。
この機械は優秀で、納品先の1つに電器メーカーがあった。電球のフィラメントの材料の検査に使っていた。フィラメントは光を発する部品で「電球が切れる」は「フィラメントが切れる」だ。フィラメントに傷があると電球はすぐに切れてしまう。だからきちんと検査しないといけない。電球なんて、もう昔話になりそうな話で、だから時効だと思って書いてみた。
もう1つの納品先は自動車メーカーだった。ラジエーターのパイプの検査に使われていた。ラジエーターとは、エンジンを冷却するための部品で、いくつもの管を束ねた構造だ。管の中に水が入り、その水の循環でエンジンから熱を奪い、放熱する。熱で膨張と伸縮を繰り返すから、ささいな傷も厳禁だ。渦流探傷器の出番である。ラジエーターのパイプに傷があれば、そこから管が腐食し水漏れの原因になる。
この分野で、知人は零細企業ながらも大健闘していた。何しろ、自動車メーカーが検収時に優秀な探傷器を使ってチェックして、傷が見つかると納品した部品は全て返品されてしまう。部品メーカーも必死だ。最も有効な対策は「納品先の自動車メーカーと同じ探傷器を使って、出荷時に検査する」だった。その自動車メーカーに知人の会社が販売する探傷器が採用されると、知人の会社には部品を収める企業からの注文が殺到した。
これは検査機業界に共通の事象だと思う。元締めの検査レベルが高く厳しくなるほど、部品メーカーの出荷検査も厳しくなる。だから検査機が元締めに採用されることはとても重要だ。
新幹線台車亀裂事件の報道では、この「部品の出荷検査、検収」の問題が重視されていないように見える。川崎重工の報道資料からも厳しさが見えてこない。川崎重工はオートバイメーカーでもあり、ラジエーターも扱う。検査機の導入では元締めでもある。なぜそこのノウハウが生かされていないのか。
「製造時の傷が納品先で見つかった」。これは「モノづくり」としては、最も恥ずかしい、あってはならない案件だ。日本車輌製の台車でも製造時の傷がJR東海の検査で見つかった。鉄道車両業界の「部品の出荷検査、検収」はどうなっているのか。そこから検証が必要だ。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。鉄旅オブザイヤー選考委員。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。
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