トヨタの改革に挑む叩き上げ副社長:池田直渡「週刊モータージャーナル」【番外編】(1/3 ページ)
これまであまり脚光が当たることがなかったトヨタの「モノづくり」。ところが、潮目が変わりつつある。先の決算発表の場に河合満副社長が登場したのだ。河合氏は生産現場から叩き上げで副社長にまで上り詰めた人物。現場のラインに長年従事していた叩き上げならではの知見を生かした改革が今まさに生産現場で始まっているのだ。
トヨタ自動車は2月6日、2018年3月期 第3四半期の決算発表を行った。第3四半期決算の見どころは、18年3月期通期の見通しがほぼ見渡せるところにある。つまり四半期がどうだったより、次の本決算の様子がほぼ見えるということが重要なのだ。
この見通しを見てみよう。売上高見通しは29兆円。営業利益見通しが2兆2000億円。当期純利益見通しが2兆4000億円である。順番に対前年比でプラス5000億円、プラス2000億円、プラス4500億円が見えてきたわけだ。営業利益の要因を見ると、一番大きいのは為替差益。これで2400億円。原価改善で1400億円、販売面ではマイナス1950億円という結果になる。
さて、競争力を強化するためにどうするか? そこについてトヨタは3つの柱を打ち出している。
1つはここしばらく話題が沸騰していた「電動化/自動運転/モビリティ・アズ・ア・サービス(MaaS)」。もう1つは「TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)」。そして最後に「モノづくり/技能伝承」である。トヨタはこれを「変化に対応し続ける強いモノづくり集団の育成」と定義する。これら3つのうち「モノづくり」にはこれまであまり脚光が当たることがなかった。
ところが、この第3四半期決算に突如登場したのは、生産現場から叩き上げで副社長にまで上り詰めた河合満氏である。2017年4月の就任時には、非大卒副社長として話題になった。自ら生産現場を頻繁に視察し、気になるところがあれば、生産ラインに立ち入って具体的に作業のやり方を教えるという型破りな副社長である。経営メンバーでありながら生産現場を熟知しており、必要なら今でも自分の手で職人としてモノづくりができる。現場のラインに長年従事していた叩き上げならではの知見を生かした改革が生産現場で始まっている。
トヨタ生産方式
トヨタの生産現場の話となれば、最初に理解しておかなくてはならないことがある。それは言わずと知れた「トヨタ生産方式」だ。「カンバン方式」とか「ジャストインタイム」という言葉は多くの人が耳にしたことがあるだろう。だが、トヨタ生産方式は一筋縄ではいかない。
基本は簡単だ。「売れた分だけ作る」。しかしこれは単純な話ではないのだ。「売れた分だけは最短で作る」「売れた分以上に作らない」「売れない不良品を作らない」。それらをすべて含んでの「売れた分だけ作る」なのだ。
トヨタ生産方式を考えるとき、筆者はいつも野球のダブルプレーを思い出す。いわゆる6-4-3のダブルプレー。表面的にはショートゴロを遊撃手が捕球し、セカンドに送球してファーストランナーをフォースアウトにする。二塁手はすかさずファーストへ送球し、一塁手が捕球して打者ランナーをアウトにする。
テレビに映るのはそれだけだが、裏ではグラウンドの全選手が動いている。投手と右翼手はファーストのエラーに備えてバックアップに走る。三塁手は失策進塁に備えてサードに戻り、左翼手はサードのバックアップに走る。中堅手はセカンドのエラーに備えてバックアップ。捕手は大きなエラーで走者が本塁まで達するリスクに備えて本塁を固める。つまりボールが飛んだ先の野手だけでなく全員が協力して1つのプレーを成立させている。そしてボールの飛んだ先が違えば全員の役割が違ってくる。
トヨタ生産方式はこういう緻密なフォーメーションプレーなので、誰か1人がうまくなっても成果を出せない。遊撃手が1人でダブルプレーを完成できないように、全員が役割を理解してカバーし合うことで初めて成立する。
例えば、生産ラインのある工程で遅延が生じたとしよう。この状態はライン上に設けられた「アンドン」と呼ばれるランプによって全員に知らされる。すると当該工程の前後の人が作業範囲をフレキシブルに変更して遅れをカバーする。
面白いのはこれが中央集権的なシステムではないところだ。普通の工場では管理部門が全行程をチェックし、遅滞が生じたら、それをどう解決するかを判断してカバーフォーメションを都度指示する。ところが、これをやるには管理サイドに厚いリソースが必要であり、問題発生時の対応に時間がかかる。トヨタ生産方式ではこれを無数のフォーメションプレーにして、現場が自己判断してカバーを行う分散処理型で対応しているのだ。
あるいはカンバン方式とは何かと言えば、ある工程が加工したものにカンバンと呼ばれる納品書のような書類(カンバン)を付けておく。次の工程は部品を使うとき、この書類を外して、前工程に渡す。渡されたカンバンはそのまま注文書になり、前工程は何をどれだけ作れば良いかが即時に分かる。これも普通なら管理部門の仕事である。つまり合理的で簡単な仕組みによって、間違いを防止しつつ、小ロットで必要な部品を確実に発注する。かつ管理にリソースをかけない手法がカンバン方式だと言える。
トヨタ生産方式を理解するのが難しいのは、階層構造が2つしかないからだ。「売れた分だけ作る」という上位概念の次にはケースバイケースの無限のフォーメションだけが広がっている。それを全部理解し、その通りに動けるようになって初めてトヨタ生産方式を成し遂げたと言える。
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