コナカの「Tシャツのように洗えるスーツ」は、こうして生まれた:夏目の「経営者伝」(2/5 ページ)
株式会社コナカの湖中謙介社長は、「たびたび同じ悪夢を見る」という。連結売上高700億円の企業に成長したのに、なぜ悪夢を見るのか。話を聞いてみると……。
現代は一人ひとりのため別の何かを大量生産する時代
湖中氏の思いは、スーツ販売の歴史をひもとくと理解しやすい。コナカの前身となる「日本テーラー」の創業は1960年のこと。当時、スーツはオーダーメイドがほとんどで、価格はサラリーマンの1カ月の給料では買えないほど高かった。そこで日本テーラーをはじめとする当時のスーツの店は、生地を企業に持ち込み、当時珍しかった給与天引きの割賦で販売、スーツを購入しやすくしていた。
60年代半ばには次の進化があった。例えば「体型が普通で、身長が180〜185センチメートルなら『A7』」などとサイズを決めてスーツを大量生産し、現場で裾上げなどのお直しをして売ればオーダーメイドほど体にぴったりにはならないが価格は一気に下げられる。また、企業に持ち込むより多くのバリエーションを用意できるはずだ。これが「紳士服のコナカ」「SUIT SELECT」など、現在のスーツショップの原型になった。
そんな前提があったから、湖中氏は「これだけ多くのスーツがあってもぴったりこないなら、どうすればいいのか?」と考え込んだのだ。まず、これはeコマースが発展した影響ではないかと想像した。「近所のお店に行って在庫の中から選ぶ」買い物は一世代古いのかもしれない。現在はITの進化により「探す」ことにかかる時間的、金銭的コストが少なくなっている。消費者は「自分ぴったりの商品を徹底的に探す」のが当然だ。
彼は「オーダーメイドで完璧に体に合ったスーツをつくれれば一番いい」と考えた。当然、既製品より高価で納期も長くなるが、彼はいつものごとくこう考えた。本当にそうなのか――?
まず、スーツを吊さず生地を置いておくだけなら店舗は小さくてすみ、出店費用も人件費も少なくなるはずだ。しかも、アプリを活用すればさらに価格を圧縮できる。最初の1回はお客さんに来てもらって、テーラーが丁寧に採寸する。しかし2度目からはアプリで生地やボタンを選んでもらうこともできるようにする。アプリ経由で入った注文データは店舗を経ず工場に送られ、商品ができたら宅配便で発送する。これなら、リアル店舗は一切必要なく、店員も一切介在しない。すなわち、さらに価格を圧縮できる。
工場のIT化も必要だったが、そこは何度も足を運んでいる湖中氏だ。
「オーダーが入ったら自動で裁断と縫製が始まるシステムは構築できるはず、と踏みました。これなら1着1着サイズや仕立て方が違う商品を大量生産できます」
現在は、ITトランスフォーメーションの時代だ。住宅、クルマなど、すべての業界をITの技術が変えようとしている。
「アパレルも同様で、変わるべきはここだったんです。これまで大量生産というと“みんな同じモノ”という印象があったかもしれませんが、現代はITにより、一人ひとりのためにそれぞれ違うものを大量生産できる時代になっています」
技術革新は、徐々に進んでいく。たまに、常にこれを追いかけていくと、ふと気付けば、昔は夢想に過ぎなかったはずの何かが現実にできる場合がある。湖中氏はさっそく工場に自分の構想を話し、ともに原価を計算したら……。
「なんと1着3万5000円からという驚異的な価格でオーダーメイドのスーツをつくれると分かったんです」
こうしてうまれたのが、現在、全国50店舗に拡大しているスーツショップ「DIFFERENCE」だ。これも「怖れず、オリジナルの何かをつくろう」という彼の姿勢が生んだものだった。
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