行列ができるまでに復活! 「東京チカラめし」の反転攻勢:長浜淳之介のトレンドアンテナ(2/5 ページ)
かつて急成長したが、失速するのも早かった東京チカラめし。現在は全10店を営業するにとどまるが、実は店舗に行列ができるまでに“復活”しているという。再成長できるかどうか、検証する。
東京チカラめしが急成長した理由
東京チカラめしは2011年に誕生した。同年3月11日に東日本大震災が発生した際、三光マーケティングフーズ創業者の平林実氏(当時、社長)は、暗く沈む日本を元気づけるべく、居酒屋を軸とした事業から、日常食を提供する食堂に回帰することを決意した。
三光マーケティングフーズの歴史は1975年にスタートした。もともとは、JR神田駅(東京都)前のガード下で経営していた、牛丼とカレーを販売する小さな食堂だった。その原点であった牛丼を、同社は新しいコンセプトで提案した。資金ゼロ、経験ゼロでもオーナーになれるFC(フランチャイズチェーン)システムにより、若い人でも起業のチャンスがあって、自らの行動力次第でビジネスを大きくしていけるのだと伝え、急速に拡大していった。
東京チカラめしの焼き牛丼に使われている牛肉は、牛丼大手3社と同じ米国産のショートプレートだ。肉は焼いて食べるのが一番おいしいという確信のもと、こだわりを持って提供している。肉は大手3社より厚く、オーダーが入ってから焼くので、でき立てが提供できる。
肉に塗るタレと丼にかけるタレは違うもので、2種類を使い分けている。肉を焼く機械もメーカーとのコラボで開発された特注品だ。300度の温度で水蒸気を出しながら焼くスチーム方式になっており、ジューシーに焼けるのが特徴だ。
人材育成が追い付かなかった
発売当初の焼き牛丼(並)は280円であり、当時では大手3社と比べて一番安かった。牛肉を焼くこだわりと、価格の安さがブレークした要因だった。
誕生から2年後の2013年頃には、店舗数が東京を中心に最大160店ほどにまで急成長。牛丼大手の吉野家、すき家、松屋の存在感がかすむような活躍を見せた結果、これら3社も焼き牛丼や焼肉定食メニューを発売して対抗した。
しかし、急成長のひずみが露呈するようになった。特に店長の人材育成が追い付かず、現場のオペレーションが混乱。商品、接客、クレンリネス(お店の清潔度)のレベルが低下して、売り上げに急ブレーキがかかった。
新しく定食メニューを開発して投入するなどテコ入れをはかったが、顧客減に歯止めがかからず一転して閉店ラッシュとなり、残念ながら今は店舗数がわずか10店にまで減っている。現在の店舗の分布は、東京都5店、千葉県3店、横浜市1店、大阪市1店。
しかし、残った店はしっかりと売り上げが取れる、リピーターをつかんだ優良店ばかりである。
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