豊田章男社長がレースは「人を鍛える」という真意:池田直渡「週刊モータージャーナル」【番外編】(2/3 ページ)
自動車メーカーのレース活動をどう考えるだろうか? 結局のところ道楽ではないか? あるいは、せいぜい広告宣伝。恐らく多くの人はそう思っているはずだ。ところが、トヨタ自動車の場合、これが深謀遠慮に富んだ「働き方改革」の推進システムなのだ。その並外れたユニークな手法を明らかにしたい。
レギュレーションだけがルールではない
そこにレースを活用しようとトヨタは言うのだ。トヨタはこうした先行開発エンジニアたちに、レース車両開発プロジェクトへの参加を呼び掛ける。「今やっているこの技術、ちゃんと車両開発から欲しいと言ってもらえるだろうか?」という不安を持っているエンジニアは、開発中の技術を直接世に問うために自ら手を挙げ、レースプロジェクトに参加する。そもそも自動車メーカーでエンジニアになりたい人たちはレース車両を開発してみたいモチベーションがある。
やりたい仕事ができる上に、自分が精魂込めて開発している技術、いやもっと言えば部品の素晴らしさに他の部門が気付いてくれるのをただ待つだけでなく、その優秀性をレースで実証することで、陽のあたる場所へ自分で押し出すことが可能なのだ。つまりエンジニアはレース車両開発に参加することで、前編で書いた通り、マズローのいう第4段階(尊敬の欲求)と第5段階(自己実現の欲求)を満たせる。ただ、レースという鉄火場のスケジュールを考えれば、第1段階から第3段階までのところに色々と問題が発生しそうな点だ。
実は、そこにこそトヨタの働き方改革の妙味がある。そもそもトヨタがもくろむ生産性改革のためには、レースに使う部品はレーススペシャルであってはならない。本業である市販車開発にフィードバックされてこその改革である。だからトヨタではレース用部品の開発プロセスを市販車と同一にした。信頼性や耐久性のテストを市販車と同じように行い、強度計算やコスト計算などのすべての手順と書類の作成を市販車開発同様に行う。
「この部品が折れたから少し太くしておけばいいだろう」という勘と経験でやっつけることは許されない。どういう状況下でどういう負荷がかかり、どのように破損したかを解明、解析し、対策し、そのすべてのデータをエンジアリング資産として残すことが義務付けられる。
しかもレースは開催日が決まっている。スケジュールの延期はレースへの不参加を意味する。トヨタがレースに参加する意義は市販車へのフィードバックにあるが、それに手間をかけた結果、レースに出られないとなれば本末転倒だ。つまり市販車と全く同じ開発手順を順守しながら、何が何でもレースに参戦することによって、ケタ違いに過酷なスケジュールの中でレーシングスピードで開発を進めるノウハウを溜め込もうという計画だ。
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