世代を超えて愛される、かこさとしさんの絵本:【新連載】内田恭子の「日常で触れたプロフェッショナル」(3/3 ページ)
自分が親になってから初めて出会う絵本が、なぜか幼い日々を思い出させてくれる。かこさとしさんの絵本は私にとってどれもそんな作品ばかりなのだ。
子どもたちのために作品を書き始めた
取材のおしまいに、「男の子2人かあ。じゃあ、この本が楽しいんじゃないかな」と、子どもたちの名前とイラストとともにサインを入れてくださった作品を数冊プレゼントしてくれた。特にわが家の子どもたちの大のお気に入りになったのが、「かいぞくがぼがぼまる」。
極悪非道のかぎり好き勝手をしていた海賊たちが、かつて「がぼがぼまる船長」に海に投げ捨てられた少年によって、罪をつぐなわさせられるこの物語。怖い海賊が最終的には何もない島に取り残されてしまうという悲しい結末にもかかわらず、子どもがハラハラしながらも楽しめるような展開になっている。先ほどのどろぼうがっこうのどろぼうたちのように、怖いはずの海賊にも情けない面があり、それがぷっと吹き出してしまうような絶妙な描き方をされているのも魅力の1つ。
そして子どもたちだけではなく、私もこの作品のファンの一人である。実は読み聞かせをするときに、おもしろいことに、読んでいて読みやすい絵本と読みにくい絵本に分かれる。声を出して読んでいるとよく分かる。その中で、かこさんの作品は読んでいてどれもテンポがいい。文末の締め方だったり、語呂だったり、読んでいると自然に声がのってきて、まるで自分の物語を語っているような、そんな感覚になる。このがぼがぼまるも声に出して読むと、思わず力が入っていって、アツくなってくる。海を渡っている海賊船に、なぞの物体が迫ってきているシーンでは、
「がぼがぼまるさま、たいへんです!」
「なんだ、なにがおこったんだ」
「あのー、ふねのうごきがおかしんでー」
「ばかをいえ、かぜがちゃんとふいているんじゃないか」
「いえ、がぼがぼまるさま、かぜとははんたいのほうへうごいていますんでー」
「なんだとー」
「がぼがぼまるさま、もっとたいへんです。ふねがへんなしまのなかへはいっていってゆきます」
「がぼがぼまるさま、いちばんたいへんです」
という、何かがこれから起こりそうなドキドキのやりとりがさらに続く。わが家では、毎晩寝る前に子どもたちが選んだ本を1冊読み聞かせてから寝るという習慣があるのだけれど、この作品が選ばれるたびに、私も気合を入れて臨む。正直、切羽詰まったシーンでは息継ぎが苦しい。でもいい加減には読みたくない。読んでいて本当に楽しいのだから。これがかこさんの絵本の読み聞かせの不思議なところ。そして何といっても、これを聞いているときの子どもたちの顔の本当にいいこと。テレビにも映画にもゲームにも劣らない、それ以上の輝いた目を見せてくれるのだ。
かこさんは、戦後の日本で、これからの子どもたちが自ら自信を持って育っていって欲しいという思いから、作品を書き始めたのだという。そのためには子どもから学ぶという方法をとったというのが印象的だった。子どもたちが集まっていて、何をしているのかと思ったら、アリの行列を見ていた。そのアリの話から紙芝居を作ったと。子どもと向き合うには子どもと同じものを見るといい、と教えてくださった。
その手段の1つが絵本。1日の終わりにパジャマに着替えてリラックスして、寝る前にベッドの上で一緒に絵本を開く。一緒に笑ったり、ドキドキしたり、驚いたり。同じ時間と感情を共有することが、何よりも大事で幸せなことなのではないだろうか。
かこさんは「人間」という作品の中で、人間の心について、「すぐれた作品のよい刺激は、それに接して人の目や耳やからだの神経の道をへて脳につたわり、ここちよい気分をよびおこし、やすらかなおもいにつつみこみ、つよい感動や共感をつくりあげたりします」と書いている。まさにかこさんが残された多くの作品そのもの。かこさんの絵本を広げると、日当たりのいいアトリエで、たくさんの書物に囲まれながら、お庭を眺めながらまだまだたくさんの新しい作品を作り続けているかこさんを想像してしまう。
かこさんの作品たちが、この先もずっとずっとみんなの心の中にい続けるように。
著者プロフィール
内田恭子(うちだ きょうこ)
キャスター。1976年6月9日、ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。神奈川県横浜市出身。1999年、フジテレビ入社。同局のアナウンサーとしてさまざまな番組を担当後、2006年に退社・結婚。現在はテレビ・ラジオ・雑誌連載・執筆活動などをベースに、読み聞かせグループVOiCEを立ち上げ都内の小児病棟などで読み聞かせを行い、また「女性のHappyは世界を変える」をテーマにLena’sを主宰し日々活動を行っている。公式ブログ「Dear Diary,」
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