ガンダムの「姫」、セイラ・マスはなぜ投資で成功できたのか?:元日銀マン・鈴木卓実の「ガンダム経済学」(5/5 ページ)
「機動戦士ガンダム」に登場するセイラ・マスは、かつて医学の道を目指していたが、後に投資で活躍していることが明らかになる。彼女はなぜ投資で成功できたのだろうか? さまざまな視点から分析しよう。
独自の情報網で有利に
一年戦争前からキシリア・ザビ配下の諜報機関がセイラを監視していた。終戦後の資料の徴取や捕虜の尋問を通じて、地球連邦もセイラの出自を知るところとなったと考えられる。
この状況がセイラに独自のネットワークをもたらした可能性が高い。ジオンの「姫」としてセイラを担ぎ上げようとするジオン残党が接触してきたこともあるだろう。地球連邦政府としては、ジオン残党にセイラを利用されるわけにもいかず、かと言って、セイラの身に危険が及ぶようなことになれば、ジオン残党が暴発することになるため、地球連邦政府と特別な関係にあったと考えられる。
「機動戦士ガンダムZZ」において、ジュドーの妹を庇護し、前線にいなかったとはいえ、ブライトと接触できたのも、独自のネットワークがあるからこそだ。なにしろ、サイド3における戦況についても、話をしているのである。
戦争中は、戦況に応じて金利が大きく変動する。ロスチャイルドはナポレオン戦争時に大陸にある情報網を利用して、英国債の売買で巨利を得たと伝えられている(ただし、伝書鳩を使ったという話は伝説のようだ)。日露戦争における高橋是清(当時、日本銀行副総裁)の戦費調達では、不利と見られていた日本軍が会戦でロシア軍に勝利をするたびに金利が有利になっていったという記録がある(「日本銀行百年史」や板谷敏彦著「日露戦争、資金調達の戦い」<新潮社、2012年>などに詳しい記述がある)。
一年戦争後の局面では、宇宙世紀0083年のデラーズ紛争の際に相場が大きく変動しただろう。人類の半数が死亡した一年戦争の後は、当然、厭戦気分がまん延する。そのような状況で、地球連邦軍が南極条約違反の核兵器搭載型MSであるガンダム試作2号機サイサリスを開発した事実が暴露され、よりにもよってデラーズ・フリートを名乗るジオン残党に奪取されたことが、電波ジャックにより全地球圏に喧伝されたのである。
核攻撃ができるガンダム試作2号機(開発コードネーム:サイサリス)はジオン残党「デラーズ・フリート」に奪取された=「機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY」第5話「ガンダム、星の海へ」より
ここまでの事態になるとは予測できなくても、ジオン残党の接触で察するものがあれば、空売りを仕掛けるには好機である。相場には、「噂で買ってニュースで売る」という格言がある。先んじることが重要なのだ。
筆者はかつて、セイラはニュータイプ能力を悪用して荒稼ぎしたと考えていた。カジノなどで帰還兵を賭博でカモるといったギャンブラーのイメージである(金融市場を賭場に例える論調も多い)。長じて、金融論や意思決定論を学び、随分と見方が変わった。セイラは、相応の資金があり、スペックが高く、情報においても有利だったのだ。
なぜ、セイラは投資の道を選んだのだろうか。一年戦争の災厄で個人の力の限界を感じたのかもしれない。激動の時代、洋の東西にかかわらず、医師から政治や革命に身を投じる者がいる。橋本左内や孫文、チェ・ゲバラなどがそうだ。
セイラはその出自から政治の道に進むことで、争いが生まれる。政治ではなくボランティア等で多くの人を救うためには、多額の資金が必要だと考えたのだろう。
優しいアルテイシアは変わっていなかったのだ。
著者プロフィール
鈴木卓実(すずき・たくみ)
たくみ総合研究所・代表。エコノミスト、睡眠健康指導士。ガンダムと同じ年齢(1979年生まれ)。新潟生まれ仙台育ち。仙台育英学園高等学校出身。地元での仮面浪人を経て、慶應義塾大学総合政策学部を卒業。2003年、日本銀行に入行後は、産業調査や金融機関モニタリング、統計作成等に従事。2018年より現職。経済家庭教師や各種セミナー(個人向け、企業向け)、経済・金融や健康リテラシー向上のための執筆、アドバイザーなどを通じて情報発信を行う。楽天証券トウシルにて「数字でわかる。経済ことはじめ」、東洋経済オンラインにて「あの統計の裏側」を連載。
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