MaaSと地方交通の未来:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)
地方課題の1つに高齢者などの移動手段をどうするかという話題がある。そうした中で、MaaSやCASEが注目されているが、事はそう簡単に進まないのではないだろうか。
交通の階層化
例えば、このセニアカーで地域の市民センターなど、集合場所までは自力で来てもらう。そこから駅、病院、ショッピングモールまでは自治体の運営するハイエースなどで団体移動をする。移動先でも自立歩行が困難な人に限ってセニアカーを搭載して輸送も行う。
さらに移動距離が長い場合は、赤字で廃線になった線路に簡易舗装を施し、完全に外部交通と遮断した専用道路にして、自動運転バスを走らせる。その程度なら現在の技術でも難しくないし、コスト的にも安価に上がる。
実際、小田急電鉄が江ノ島で実証実験まで行い、混合交通の中での自動運転の難しさと、専用道路であれば実用化できそうだという実情をつまびらかにしている。このあたりは鉄道ジャーナリスト・杉山淳一さんの連載記事で詳しく解説されているのでご参照いただきたい(自動運転路線バス、試乗してがっかりした理由、JR東日本がクルマの自動運転に参入する日が来る?)。
自動運転バスは後期高齢者だけじゃなく、従来鉄道を利用していた通勤通学利用者にもサービスを提供する。過疎地域の移動を確保しようと思えば、こうやって交通インフラを階層化して、枝葉から幹へというルート上で需要をまとめ、その階層別にそれぞれ最適化した手段で運用するしかないと思う。
このあたりの話をすると、「セニアカーは朝晩の需要が多いので、これをシェアリングして、日中は物流に使えば良い」という意見を耳にするが、筆者は2つの面で難しいと考えている。
1つには交通弱者の移動手段としてシェアリングは向かない。自分の足腰がしっかりしている世代は、駅近のシェアリング拠点のシェアモビリティが出払っていたら、他の拠点まで歩くことができるし、最悪スマホでタクシーを呼ぶこともできる。しかし、そういう不確実性に遭遇した時に交通弱者はそこで進退窮まってしまう。仮に効率を無視したレベルでシェアモビリティを過大に確保するならば、リスクは減るかもしれないが、結局高コストになる。
自動車の最大のメリットはパーソナルな移動手段であることであり、詰まるところ、完全な無制限ではないまでも、自分の都合でいつでもどこへでも移動できることにある。シェアリングはその本質を変えてしまう。セカンドプランが用意できる強者にとってはシェアリングはその利便性とバーターにコストダウンや効率化につながる有用な手段だが、それしか選択肢がない人にとっては、突然移動が継続できなくなる恐怖をはらむものになってしまう。
もちろんシェアリングにはいろいろな方法がある。例えば、駅や市民センターに置いていった個人のセニアカーを空き時間だけ物流に使う方法もあるだろうが、万が一予定が変わって早く戻ったり、配達に時間がかかって帰って来なかったらというリスクは残るし、そもそもバッテリーは充放電を繰り返すと必ず劣化する。そのコストは誰が負担するのか?
人間が根源的に求める「移動の自由」を個人の管理下に確保する意味でも、やはりラストワンマイルの移動手段は個人占有を原則にすべきだと思う。
未来の夢として、全てを一気に解決する自動運転を語るのは構わないが、今目前にある問題を置き去りにしてずっと先の遠い未来のことばかり考えていても仕方ないのではないか? それより今実現可能な方法で地方交通をリデザインする方が先だ。
そして、こういう社会インフラのデザインを考えるにはどうしても役所の主導にならざるを得ない。私企業が何とかできる範囲を超えている。だからこそ政治と行政が、現状維持ではなく、また現実を顧みない飛躍でもなく、しっかりとしたビジョンを持って、少子高齢化社会のインフラ整備に取り組むべきなのである。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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