慰安婦・徴用工の「強制」表現めぐり炎上 ジャパンタイムズが叩かれたワケ:世界を読み解くニュース・サロン(5/5 ページ)
日本のニュースを扱う英字新聞「ジャパンタイムズ」が、「慰安婦」「徴用工」に関する表現を変更すると告知して炎上。釈明する社告の掲載に追い込まれた。なぜ海外メディアから厳しく批判される事態を招いたのか。ジャパンタイムズに欠けていた視点とは……
「英語で日本のニュースを読む」読者像とは
どういうことかというと、英字メディアであるジャパンタイムズは、主要な読者層が日本の情報を英語で読む人たちだ。つまり外国人が読む記事であり、英語で発行される著名な新聞と同等のクオリティーが求められる場合が多い。また日本語を読む人たちが圧倒的に多い日本と比べて、英語で新聞記事を読む人は世界に広がっており、多種多様であり、日本人相手の新聞よりも「中立性」「バランス感覚」が求められる。
かくいう筆者も、英ロイター通信で英語のニュースを配信する仕事に従事していたことがある。ロイター時代は、年に何度もメディア講習や勉強会、コンピュータ上で行う「eラーニング」などを強制的に履修させられ、それを済ませていないと査定に大きく響くようなシステムが取られていた。
そこで言われたことの一つに、ロイターのような英字通信社では、ニュースの「骨組み」を報じることが求められ、極力、主観性や「肉付け」を避けるよう言われた。読者が世界中におり、人種や宗教なども多種多様だからだ。
余談だが、メディア学などで最初に取り上げられる例題にこんなものがある。天気予報で「明日は残念ながら雨が降ります」と報じるのはダメだと言うのだ。というのも、雨が降らずに困っている農家などは、雨が降れば、残念どころかうれしいからだ。雨具を販売している人たちも、雨が降ればビジネスがうまくいくので残念ではない。
要するに、ジャパンタイムズには、多角的に世の中を見た客観的な発言を期待したい。そんな声が外国メディアや国外からの批判につながっていると考えられる。
ちなみに既出のNPRの記事には、今回の変更によって、今後はジャパンタイムズの表現が以下のように変わると書いていた。「これまでは『第2次大戦前や戦中に、日本兵のために強制的にセックスを強いられた女性たち』と定義されていたものが、変更後は次のように使われるようになる。『戦時中の慰安所で働かされた女性たちで、その中には自分たちの意思に反して働かされた者も含む』と」
実のところ、筆者はどちらかと言えば、後者の言い方に賛成だ。そのほうが前者の意味も含むことができると思うからだ。しかし、筆者のこの感覚が本当に正解かどうかは、100%の確証を持てないでいる。なぜなら、後者の言い方が間違っていると感じる人たちが世界にはいるからだ。
今回の件で多くの読者の信頼を失ったジャパンタイムズが、朝日新聞や読売新聞、毎日新聞なども英字記事をネットで配信するようになった状況で、今後どうなっていくのかは分からない。ただありきたりだが、今回のように失われた信頼を取り戻すのは簡単ではない。
まずはいま一度、謙虚にジャーナリズムについて見つめ直すべきではないだろうか。
筆者プロフィール:
山田敏弘
元MITフェロー、ジャーナリスト・ノンフィクション作家。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフルブライト・フェローを経てフリーに。
国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)がある。最近はテレビ・ラジオにも出演し、講演や大学での講義なども行っている。
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