「いい加減にしてよアグネス」から30年 “子連れ出勤”論争に根付く3歳児神話の呪縛:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(4/4 ページ)
30年前のアグネス論争がきっかけで生まれた言葉「子連れ出勤」。いまだに政治家が「3歳児神話」を持ち出し、批判されている。まだまだ子連れ出勤には課題がある。難しい問題だが、神話ではなく「ケア」の考え方が必要だ。
5歳までの「手厚いケア」が人材をつくる
くしくも、宮腰氏の「子どもが3歳になるまでは母親は子育てに専念すべきであり、そうしないと成長に悪影響を及ぼす」という考え方は「3歳児神話」と呼ばれる通り、“神話”です。
大切なのは「あなたは大切な人」というメッセージを送り続ける大人の存在です。欧米で行われた実証研究では、「5歳までの大人たちとの関わり方」が、子どもの生涯の財産になることが分かっているのです。
1970年代初頭、米ノースカロライナ州で行われた社会実験では、0歳の子が5歳まで成長する過程で、「大人が子を手厚くケアする」グループと、しないグループに分け、40年後の学歴や健康などを追跡調査しました。そして、「“手厚いケア群”が大学を卒業する確率は、“手厚いケアをしなかった群”より4倍も高く、健康度も高い」という結果を得ました(Frances A. et al. “Adult Outcomes as a Function of an Early Childhood Educational Program”)。
また、60年代からミシガン州のペリー幼稚園で行われた追跡調査でも、19歳時の高校卒業率、27歳時の持ち家率、40歳時の所得が「手厚いケア」群で高いことが分かっています。
日本ではこれらの社会実験を「優秀な子を育てる英才教育」とみる傾向がありますが、それは間違いです。確かに小学校低学年までのIQは高まりますが、その後効果は持続しません。
一方、「学校を卒業するまで学び続ける力」「企業などで働き続ける力」「賃金を得る力」などの、いわゆる「生きる力」は、5歳までにどれだけ大人に手厚いケアを受けたかで大きく変わります。
子どもたちが、この先に待ち受ける困難を乗り越えるたくましさ、市場経済の競争に破れたときの打たれ強さ、健康に暮らす力などの、まさしく「国を成長させ、社会を豊かにする力=人材」になるには、親の出勤に同行した「子ども」に大人たちがどう関わるかも大切で、社会が意識すれば「人材(財)」を人為的に育てることが可能なのです。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)
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