「赤い彗星」のシャアはなぜスピード出世できたのか?:元日銀マン・鈴木卓実の「ガンダム経済学」(4/7 ページ)
ガンダムの世界において、地球連邦軍とジオン軍は、同じ軍隊という組織でありながら、パイロットの評価も昇進の早さもまるで違う。“赤い彗星”の異名を持つジオン軍のエース、シャア・アズナブルはなぜスピード出世できたのだろうか。
シャアがスピード出世したわけ
一方、アムロのライバルであるシャアは、一年戦争の開戦早々に地球連邦軍の戦艦を5隻沈めたことで、20歳にして少佐に昇進し、「赤い彗星」の異名で呼ばれた。一年戦争中にギレンの妹であるキシリアに抜擢され、大佐に昇進している。参考までに、映画「ランボー」に登場するランボーの元上官のトラウトマンや、「地獄の黙示録」でジャングルに王国を築こうとしたカーツも大佐であり、シャアの若さが際立つ。
シャアの昇進は、物量で劣るジオン軍は消耗戦では勝ち目がなく、質で勝つ以外にないという事情もあった。優秀なパイロットにカスタマイズしたエース機を与え、個人の力量を最大限発揮させるとともに、死地に赴く兵士を鼓舞したのである。
これは「正常性バイアス」と関係する。正常性バイアスとは、自分にとって都合が悪い情報や不利な情報を過小評価したり、無視したりする認知バイアスのことである。正常性バイアスの具体例としては、株式投資、あるいは、最近の文脈では、暗号資産(仮想通貨)の売買で、自分は負けない、うまくやれると過信することなどが挙げられる。
正常性バイアスは、恐らく、遺伝子レベルで内在する人の性(さが)であり、原始時代、狩猟に行った仲間が致命的な怪我をしても、そこで怯まず、自分は大丈夫と思えた者が食料を調達することができ、子孫を残せたのだろう。
スペースノイドの自治独立や地球環境の保護といった大義も重要ではある。だが、それ以上に、より身近な、この人と一緒であれば生き残れるという楽観が士気を高める。エースパイロットが戦場で、どれだけ自分の身を守ってくれるのだろうかといったネガティブな疑問は、正常性バイアスの楽観の前ではかき消える。加えて、武勲を褒められるにしても、無名の上官よりは憧れのエースパイロットに褒められた方が嬉しいのが人情だろう。
ジオンには、赤い彗星以外にも、「青い巨星」「白狼」「真紅の稲妻」など、二つ名・異名のあるエースパイロットが多い。「黒い三連星」も3機編成ではあるが、エースパイロットの二つ名とも言える。エースパイロットの知名度を国家主導の宣伝で意図的に高めることで、ジオン軍は士気を盛り上げたのだ。
このように戦場での功績を勲章という形で表現することが、エースパイロットやヒーローの演出に一役買う。「機動戦士ガンダム」(第6話 ガルマ出撃す)では、ガルマ・ザビとシャアの会話の中で、ジオン十字勲章が言及されている。ガルマの反応から、ジオン十字勲章の授与は大変な名誉であることが分かるが、同時に、ジオン十字勲章の叙勲は、戦果を喧伝する材料にもなるのだ。
軍事上の功績をどのように報いるのかという問題については、史実ではさまざまな工夫がなされている。戦国大名は、家臣に領土を与えすぎると直轄軍の編成に支障をきたすため、土地の替わりに物品を与えることがあった。恩賞や贈答に大判が用いられることがあったほか、有名なところでは、織田信長や豊臣秀吉は茶器や刀剣を褒美に与えた。時の権力者が名品とうたうことで箔がつき、本来の価値以上に褒美のありがた味を感じさせることもできた。
現代でも声の大きい有名人の評価で、物事の価値が変わることがある。情報の少なかった時代に織田信長や千利休が誉めそやした品であれば、その価値を疑う者はいなかっただろう。
領土を拡大できる戦国時代でも、茶器の価値を演出しなければならないように、与えられる恩賞には限りがある。ガンダムの世界でも同様だ。一年戦争は征服戦争ではないので、独裁下のジオン軍であっても大盤振る舞いはできないし、まして、シビリアンコントロール下の連邦軍では、富や権力という形で恩賞を与える余地は限られる。
懐が痛むわけでもなく、支配者の権力を分け与えるわけでもなく、ただ名誉を与える叙勲は、両陣営ともに、使い勝手の良い恩賞だったと考えられる。
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