「赤い彗星」のシャアはなぜスピード出世できたのか?:元日銀マン・鈴木卓実の「ガンダム経済学」(5/7 ページ)
ガンダムの世界において、地球連邦軍とジオン軍は、同じ軍隊という組織でありながら、パイロットの評価も昇進の早さもまるで違う。“赤い彗星”の異名を持つジオン軍のエース、シャア・アズナブルはなぜスピード出世できたのだろうか。
勲章の価値とは?
勲章などの名誉は、与えた組織が権威を持ち続けること、または、その組織がなくなっても権威が失われなければ、意味を持ち続ける。個人が与えた場合も、その個人の生死にかかわらず、権威が失われなければ、名誉の価値は下がらない。例えば、ある経営者が松下幸之助から感謝の手紙をいただいていれば、それは今でも、ありがたみを持つだろう。逆に、世間の評価や歴史の評価が一変してしまえば、価値はなくなる。
付与した組織の評価で価値が変動するという意味では、勲章と企業の株は似ている点がある。ジオン公国の権威が損なわれれば、勲章の価値がなくなる。勲章が乱発されれば、価値が下がる。企業が倒産すれば株は価値がなくなるし、発行株式が増えれば一株当たりの価値は希薄する。
もっとも、株であれば売却することで金銭を得られるが、勲章の価値は金銭的な価値とかい離する精神的なものである。精神的な価値という点では、帰属意識は勲章に似ている。帰属意識は、自分が所属している組織の評価が重要になる。組織が大きくなる場合は、構成員の平均的な質が下がらないよう選別をする。そして、組織の評価と自分の評価を結び付ける。
減少の一途をたどっていた会社主催の社員旅行や運動会などのイベントを再評価する風潮がある。賃金は下方硬直性があるので、経営側としては増やすのに慎重にならざるを得ない。会社への帰属意識を醸成することで、モチベーションを高め、会社への長期のコミットメントを促しているのかもしれない。ある意味では合理的なのかもしれないが、内輪の仲間意識が強くなり過ぎて、排他性が生まれるとジオンのような選民思想に近づくようにも思える。
ジオン軍を見くびっていた地球連邦政府にとって、ルウム戦役での敗北による宇宙艦隊の損耗とコロニー落としによる地上の被害は想定外だった。急遽、補正予算が組まれたはずであり、その際、難航する予算編成の中にあっては、軍人の人件費に係る議論は二の次にされた可能性が高い。名誉以前の最低限の保障にさえ、不満を持つ軍人もいただろう。
オデッサの戦いでは、地球連邦軍のエルラン中将はジオン軍に内通していたし、「機動戦士ガンダム第08MS小隊」(第8話 軍務と理想)では地球連邦軍がスパイに対してナーバスになっている姿がうかがわれる。
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