働き方改革は「平成の戦艦大和」になるのか:平成日本の最期(7/7 ページ)
「平成最後の月」となる2019年4月、いよいよ高度プロフェッショナル制度(高プロ)が施行される――。
「自発的な非正規化」で日本型雇用が終わる日
雇用慣行の抜本的な変革を見ないまま、19年4月から高プロが始まった先に、20年夏の東京五輪が控えているのも気がかりです。スポーツ競技とはある意味で、「あきらめず成功するまで続ける」ことを、もっとも美しく演出できる装置でもある。指導者の采配に(実はそれが間違っていても)したがわないという事態はそう起きませんし、いかに不利でも「ゲームのルールを書きかえる」ことは禁止されているからですね。
全体の戦略に誤りはなく(あってもそれを疑うべきではなく)、足りないのは個々人の「がんばり」だといった空気が醸成されれば、過労死ぎりぎりまで自分を追いつめて働く高度プロフェッショナルの姿も容易に「美談」になるでしょう。――あたかも、戦局を転換する上では無意味そのものだった大和の特攻と轟沈(ごうちん)が、今日に至るまで日本人のロマンをかき立て続けてきたように。
しかし45年に大和が出航したとき、艦隊決戦が意味をもつ時代は終わろうとしていました。「平成の戦艦大和」として船出するかに見える「高度プロフェッショナル制度つきの日本型正規雇用」も、ひょっとすると建艦者の意に反して、日本的経営の終焉を告げる弔鐘になるのかもしれません。
平成のなかば以来、雇用に関する話題の中心はつねに「非正規雇用社員の正規化」でした。しかし仮に将来、高プロの年収要件が大幅に引き下げられて、正規雇用者のほとんど全体を覆うようになるならば、「定額で無限に働かされる正規雇用は、むしろ選ばない」という社員の非正規化によって――自発的に人びとが非正規に逃げ出す形で、正規と非正規の格差の問題は「解決」するのかもしれません。
70年以上前と同様に、今回もまた大和が沈むまで、私たちは事態を止められないのでしょうか。結局は既存のシステムが現実に破綻する姿を見るまで、戦略の転換をなしえないのであれば、「現実に役立つ」と称するあらゆる知識や言論が空しいものとなるでしょう。もっともつねに「現実」の到来に一歩遅れた後で、すでに起きてしまったことを書きとめ、そこに詠嘆を感じることしかできない実存が、人間の宿命であるのかもしれませんが。
世界海戦史上、空前絶後の特攻作戦ならん
終戦後、当局責任者の釈明によれば、駆逐艦三十隻相当の重油を喰らう巨艦の維持はいよいよ困難の度を加え、更に敗勢急迫による焦りと、神風特攻機に対する水上部隊の面子への配慮もあって、常識を一擲、敢えて採用せる作戦なりという
……かかる情況を酌量するも、余りに稚拙、無思慮の作戦なるは明らかなり
吉田満、前掲書
著者プロフィール
與那覇潤 (よなは じゅん)
1979年生。東京大学教養学部卒業、同大学院総合文化研究科博士課程をへて、2007年から17年まで地方公立大学准教授。博士(学術)。在職時の講義録に『中国化する日本』(文春文庫)、『日本人はなぜ存在するか』(集英社文庫)。18年に離職の経緯を公表した『知性は死なない 平成の鬱をこえて』(文藝春秋)は、平成論/大学論としても話題となった。その他の著作に『翻訳の政治学』(岩波書店)、『帝国の残影』(NTT出版)など。
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