懐かしい音と匂いを楽しむ「SL」ハシゴ旅 「もおか号」「SL大樹」を巡る1日:杉山淳一の「週刊鉄道経済」GW特別編(3/6 ページ)
真岡鐵道が機関車1台を売却し、東武鉄道が落札したと報じられた。2社は現在、それぞれSLを運行している。真岡鐵道は「もおか号」、東武鉄道鬼怒川線は「SL大樹」だ。2つのSL列車を1日で乗り比べてみよう。
窓を開けて楽しむ「もおか号」
午前11時3分、もおか号は定刻で真岡駅に到着。停車時間は10分あるから、キューロク館付近で到着する列車を撮影して、乗車券とSL整理券(500円)を購入しても間に合う。プラットホームでも機関車の横で記念撮影をする乗客たちがいる。列車は全て自由席。指定席だと予約で満席になってしまうけれど、もおか号は当日にSL整理券を買えば乗れる。これが大事だ。
ただし、空席がなければ立ったまま。客車の内部には吊り手も下がっている。ご丁寧なことだなあ、と思うかもしれないけれど、実はこの客車は国鉄時代に通勤通学用として作られたオハ50系だ。もともと出入り口付近はロングシートで吊り手付き。
車内は下館駅から乗り通す人々でほぼ満席だ。ボックス席の相席は遠慮して、ロングシートの空席に座った。ところが、約20分後の益子駅で団体客が降りていき、ボックスシートがいくつも空いた。もおか号と益子焼を組み合わせたツアーがあるようだ。そういえば益子駅到着前に、車窓から観光バスが見えた。
益子駅からボックスシートを独り占めできた。この車両のボックスシートの一番後ろ。ロングシートの客はみな他のボックスに移動した。よし、窓を全開だ。ここなら冷たい風が入っても迷惑にはならないと思う。ほら、風が入ってきた。耳を澄ませなくても蒸気機関車の駆動音が聞こえる。煙の匂いが漂う。真岡線はトンネルがないから、慌てて窓を閉める必要はない。でもやっばり煤は顔に当たる。目に入る。しまった。目薬を持ってくれば良かった。
SL列車の弱点は「乗ってしまったらSLの姿を見られない」だ。しかし、窓を開ければ音と匂いでSLを感じられる。これぞSL列車の旅だ。
実は、「もおか号」には残念な思い出があった。2011年の夏に乗った時のこと、車内にチンドン屋さんと流しのギター弾きが乗っていた。おそらく「乗ってしまったらSLの姿を見られない」の対策として、エンターテインメントを用意したのだろう。しかし彼らが張り切ると騒がしく、SLの音が聞こえない。先頭車両に逃げても追いかけてくる。サービス精神が旺盛なことはけっこうだけど、SL列車らしくなかった。
しかし、この日はチンドン屋さんもギター弾きもいない。8年前のあの日だけの騒ぎだったか、当時は定番で、今はやめてしまったか。いずれにしても「もおか号」はじっくりと楽しめるSL列車になっていた。真岡駅のキューロク館も楽しいし、終点の茂木駅は駅舎の2階にテラスがあって、転車台で反転する蒸気機関車を上から眺められる。この眺めも珍しい。「もおか号」は鉄道ファンからファミリーまでオススメできる。
「もおか号」は2台の機関車を交代で使用する。定期的な整備や検査があるためだ。しかし、真岡鐵道の経営体質を改善するため、2台のうち1台を売却する。売却価格は1億2000万円と報じられている。実は、機関車の保有者は真岡鐵道ではなく、「芳賀地区広域行政事務組合」だ。真岡鐵道に売却代金は入らない。しかし維持費は大幅に節約できる。SLの維持費は6年に1回の全般検査で1億数千万円かかる。この負担を含め単年度あたり8000万円の赤字だという。
これまで、SL目当ての観光誘客で地域に経済効果があるからと、自治体が支援してきた。しかしそれも限界がある。運行回数は減るかもしれないけれども、SLは1台で十分ではないか。真岡鐵道の規模でSL2台の運用は、かなり無理をしていたようにも思える。
この日の担当機関車は「C11形 325号機」だった。まさにこれが東武鉄道に譲渡される機関車だ。撮り納めのつもりか、沿線にアマチュアカメラマンが多かった。
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