『ジャンプ』伝説の編集長が語る「21世紀のマンガ戦略」【前編】:マシリトが行く!(7/8 ページ)
『ジャンプ』伝説の編集長、マシリトこと鳥嶋和彦氏が21世紀のマンガの在り方を余すところなく語った前編――。
コミックのデジタル流通には、新人作家の新しい作品と出合える場がない
鳥嶋: ただ、僕らが徹底的に考えなければいけないのは、今までは“探しに行く”、つまり雑誌の中で読みたい漫画を探す、単行本を探す。ところが今は“届いちゃう”んですね。流通が圧倒的に変わった。このことをちゃんと頭に入れておかなければいけない。
インターネットでは“探す”という作業がいらないんです。検索されるので全部目の前に出てくる。ここのところをちゃんと考えておかなければいけないと思います。
原田: 確かに漫画がインターネットを通して自分のところに届くというのは、デジタルの大きな利点だと思います。すでに集英社などいろんな出版社が紙媒体の漫画を改めてデジタルコミックとして配信している。ただ売り上げとして、デジタルコミックが紙媒体の漫画を抜いてしまったのかというと、実情がそこまでいっているという感じは自分としてはまだないんですが?
鳥嶋: いや、デジタルのコミックはどこも伸びていると思いますよ。紙の落ち幅をデジタルが補って、トータルでは100パーセントをちょっと超えるというのが、今の市場の推移だと思います。どういうことかと言うと、簡単に探せるから手元のスマホで見ちゃうんですよね。
スマホで見るということは、アニメーションやゲームと同じところで漫画を見る。漫画は紙で見て、アニメはTVで見てということではなく、1つのモニターになっている。だから時間の取り合いが起きている。ここは大きなポイントです。
原田: ということは紙媒体の落ち込みは、実質的にデジタルでかなりカバーされているということでしょうか?
鳥嶋氏: 有名なタイトル、名前が知れたタイトルはすぐ検索ワードに引っ掛かるし、口コミで広まってみんな知ることができるからどんどん売れて、過去作でも売れます。いちばん厄介なのは、新人の新しいものが知られなくて売れないということですね。雑誌が持っていた、たった1つの特色は「知らないものに出合える」。これが非常に大きかったと思います。デジタルではそれができない。出合いの場がない。これが非常に厄介ですね。
さっきも言いましたけど、漫画の特色は読者に近い皮膚感覚の、まだ粗いけど「これだよね」という新しい感性のものが出てきて、それに出合えることです。今、デジタルの漫画を読む場所でそれがあるかどうか。それを今後用意できるかどうかが、大きな問題じゃないかと思います。
原田: それは非常によく分かります。実際、新人作家が作品をいきなりデジタルで発信して、そこからヒット作が生まれるということも起きてはいるんですが、そういう面白い作品を見つけようと思ったら、無数にあるデジタルコミックを一つ一つチェックしていかなければならない。タブレットなどの画面を通して、次々と作品にアクセスしなければなりませんから、その場合に自分好みの作品を見つける確率は、紙媒体の漫画よりはるかに低いといってもいい。だから紙媒体の雑誌ほどには、新人発掘がうまくいっていないということもあるのではないかと思います。
鳥嶋氏: あともう1つは、いろんな電子書店、いろんな漫画を見る場所が増えているんですけれど、そこで出している漫画が残念ながら、レベルが低いということですね。なんでレベルが低いかというと、同人誌と一緒です。描きたいものを描いて、たれ流しているだけだから。
オールドメディアといわれる雑誌の漫画のほうがまだレベルが高いのは、編集者のチェックが入っているから。つまり読者の視点による品質チェックが入っている。簡単に言えば電子コミックのほとんどは、品質検査をしていない車が市場に出ているようなものですね。
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