『ジャンプ』伝説の編集長が語る「21世紀のマンガ戦略」【前編】:マシリトが行く!(8/8 ページ)
『ジャンプ』伝説の編集長、マシリトこと鳥嶋和彦氏が21世紀のマンガの在り方を余すところなく語った前編――。
新しい才能の育成に関して、出版社に勝てるノウハウを持つソフト産業はない
原田: そのお話を続けさせていただくと、先に例に挙げた韓国のWEBTOONですけれども、その翻訳版が日本でも読者を増やしつつある。これまでの韓国と日本の関係の中で、日本の漫画が韓国にも入って読まれるということがずっと続いていたんですが、今初めて韓国から日本に漫画が入ってきて、それが読まれるという現象が起きているわけです。
ただ作品のレベルからいえば、鳥嶋さんがおっしゃったように漫画としては未熟なものも含まれています。にもかかわらず料金の安さであったり、無料であったりというハードルの低さから、どの程度までとはいえませんが、WEBTOONの日本の読者は今も増えつつある。なぜなら面白い漫画を探して読むのではなく、とりあえず時間を潰(つぶ)すために読むのなら、多少未熟であっても安く読める漫画でいいじゃないか、と。自分としてはそういう理由もあるんじゃないかと考えています。そういう流れも一つ、無視できないように思いますがどうでしょうか?
鳥嶋氏: 好きじゃないけど、いいんじゃないかと思います。どういうことかというと、漫画を海外に持っていく時に、その国に漫画の土壌がないと続かないんです。例えば『ドラゴンボール』がヒットしました、わぁ面白い、TVアニメもやっている。でもそれが終わると、次のタイトルが売れないんですね。やっぱりその国ごとの文化や人間性を反映したオリジナルの漫画が誕生して、その国の人たちがそれを楽しんで、漫画の土壌自体が豊かになっていかないと、漫画文化が続いていかないんです。フランスやアメリカが日本と並んで数少ない、漫画の強い国なのは、そのためなんですね。
そういう意味では、韓国および中国で今後、独自の作家が育っていくのであれば、それに越したことはない。ただそのためにはこれらの国で、漫画家の脇にいるちゃんとした編集者が育ってほしいと願いますね。
原田: ちゃんとした編集者が必要というのは、おっしゃる通りだと思います。ではその一方で、漫画の面白さをちゃんと理解できる読者もまた育てなければいけないということについては、どう思われますか?
鳥嶋氏: 電子コミックも新しいものをいろいろと読んだんですが、時間潰しで、来たものをただ読むのはどういうことかというと、分かりやすい漫画を選ぶんですね。刺激の強いもの、暴力シーンとかセックスシーンとか。そういうものは雑誌よりも規制が緩いので。冒頭にそういうシーンを持ってくれば、みんな引っ掛かって読むんですよ。だから電子コミックでアクセス数が多いものって、紙になってもほとんど売れないんです。
ただ、原田さんが言うように、じゃあ手をこまねいていいのかとはならない。やっぱり今後、電子の中でどういう新しい作品を、バリエーションを持って読者に見せていくかということは考えなきゃいけない。そういう意味では、読者が何を望むか、どういう見方をするのかという市場性と、作家がどこにいて作品をどういうふうに作るのかという、この2つを結び付けることが、僕はまだうまくできていないと思います。
原田: 鳥嶋さんがそこまで状況を認識されているということがよく分かりました。ただこの問題は白泉社だけでなく、本来、出版業界全体で取り組んでいかなければならないことですよね。果たしてそれは可能でしょうか?
鳥嶋氏: できると思います。簡単に言うと、雑誌の時代は終わりです。白泉社の社長を辞める最後のあいさつでも言ったんです。「雑誌は終わりだ。出版社も終わりだ」と。「でも」……。さっきも言いましたけど、「才能の発見・育成に関して、出版社に勝てるノウハウを持っているソフト産業はない」。だから作り続けるんです。
どういうことかと言うと、編集者の固定相場制が終わったんです。これからは編集者の変動相場制の時代になる。これまでは『ジャンプ』の鳥嶋、『マガジン』の○○、『サンデー』の××といった具合に、必ず雑誌名があって編集者がいたわけですね。編集者はその雑誌に載せるために新人漫画家を発見・育成していた。でも、その雑誌をもう誰も見ない。どうする? 固定相場制は終わりです。
ということは、1人1人の編集者がそれぞれ、出版社自体を体現してやらなければいけない。マネジメント、ディレクション、それからプロデュース。これを1人の編集者がやれるかどうか。
僕が考えるこれからの出版社は、1人1人の編集者をエージェントとして雇って契約していく。ヒットを出せる編集者にはインセンティブでお金を出して、どんどん好きなことをやらせる。ダメな人間は切り替える。もう、このやり方しかないんじゃないでしょうか。そうしないと、新しい人間の発見・育成はできないと思います。
以上が講義前半の内容だ。後半では鳥嶋氏の希望により、聴講者からの質問に直接答える形でさまざまな質疑応答が行われた。漫画と出版の過去・現在・未来についてより深く、熱く語られたその模様は、記事の後編でお伝えしよう。後編も近日公開の予定だが、↓の「次回の掲載をメールで受け取る」をクリックし登録することで後編の記事アラートを受け取ることができる。
鳥嶋さんは、電ファミニコゲーマーの平信一編集長が7月に立ち上げた、マンガ・アニメ・ゲーム専門のファンクラブ「世界征服大作戦」においても、”押しかけアドバイザー(相談役)”を務めており、現在進行形で業界の発展に寄与している
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
『ジャンプ』伝説の編集者が「最初に出したボツ」 その真意とは?
『週刊少年ジャンプ』で、『DRAGONBALL』(ドラゴンボール)や『Dr.スランプ』(ドクタースランプ)の作者・鳥山明さんを発掘した漫画編集者の鳥嶋和彦さん。鳥嶋さんの代名詞である「ボツ」を初めて出したときの状況と、その真意を聞いた。
「これさぁ、悪いんだけど、捨ててくれる?」――『ジャンプ』伝説の編集長が、数億円を費やした『ドラゴンボールのゲーム事業』を容赦なく“ボツ”にした真相
鳥山明氏の『DRAGON BALL(ドラゴンボール)』の担当編集者だったマシリトこと鳥嶋和彦氏はかつて、同作のビデオゲームを開発していたバンダイに対して、数億円の予算を投じたゲーム開発をいったん中止させた。それはいったいなぜなのか。そしてそのとき、ゲーム会社と原作元の間にはどのような考え方の違いがあったのか。“ボツ”にした経緯と真相をお届けする。
『ジャンプ』伝説の編集長が、『ドラゴンボール』のゲーム化で断ち切った「クソゲーを生む悪循環」
『ドラゴンボール』の担当編集者だったマシリトはかつて、同作のビデオゲームを開発していたバンダイのプロデューサーに対して、数億円の予算を投じたそのゲーム開発をいったん中止させるという、強烈なダメ出しをした。ゲーム会社と原作元の間にはどのような考え方の違いがあったのか。「クソゲーを生む悪循環」をいかにして断ち切ったのか?
『ジャンプ』伝説の編集長は『ドラゴンボール』をいかにして生み出したのか
『ドラゴンボール』の作者・鳥山明を発掘したのは『週刊少年ジャンプ』の元編集長である鳥嶋和彦さんだ。『ドラゴンクエスト』の堀井雄二さんをライターからゲームの世界に送り出すなど、漫画界で“伝説の編集者”と呼ばれる鳥嶋さん。今回は『ドラゴンボール』がいかにして生まれたのかをお届けする。
『ジャンプ』伝説の編集長が語る「21世紀のマンガ戦略」【後編】
『ジャンプ』伝説の編集長、マシリトこと鳥嶋和彦氏による特別講義の後編――。コミケの初代代表である原田央男氏がリードする形で、文化学園大学の学生からの質問に直接答えた。
『ジャンプ』伝説の編集者が『Dr.スランプ』のヒットを確信した理由
鳥山明さんの才能を発掘した伝説の編集者・鳥嶋和彦さんが、コミケ初代代表の霜月たかなかさん、コミケの共同代表の一人で、漫画出版社の少年画報社取締役の筆谷芳行さんの3人がトークイベントに登壇した。
「最近の若い奴は」と言う管理職は仕事をしていない――『ジャンプ』伝説の編集長が考える組織論
『ドラゴンボール』の作者・鳥山明を発掘したのは『週刊少年ジャンプ』の元編集長である鳥嶋和彦さんだ。漫画界で“伝説の編集者”と呼ばれる鳥嶋さん。今回は白泉社の社長としていかなる人材育成をしてきたのかを聞き、鳥嶋さんの組織論に迫った。
