対立しがちな「経営」と「ものづくり」、マザーハウス代表の山口氏はどう解決してきたのか(3/3 ページ)
「途上国から世界に通用するブランドをつくる」――。そんなミッションを掲げてマザーハウスを成長させてきた同社代表の山口絵理子氏。同氏がビジネスをよりよくするためのフレームワークとして大事にしている「サードウェイ」で、対立しがちな「経営」と「ものづくり」を両立できるのか。
売り上げは幸福の総計
そもそも、デザインと経営が二項対立ではないと、本当に心から腑に落ちたのは、「なぜモノをつくるのか?」という問いからだった。デザイナーのゴールとは自己表現なのだろうか? それならばアーティストとどう違うのか?
私はいつも悩んでいたが、ずっと消えない思いがあった。「お客さんに届かなければ工場のみんなのがんばりは報われないなあ」という素直な気持ち。
デザイナーは、「モノをお客様に届ける」のが最終ゴールだ。
ブランドの世界観をプロダクトで表現することや、自分の主張を表現することではない。
たとえ世界観が達成できても、それが、お客様の手に届くことが結果的にできなければ、少し荒っぽい言い方だけれど、ゴミを生産しているのと、何ら変わらない。
だからこそ、私は、「結果にこだわる」ことが何よりも大事だと思ってきた。
売り上げをデザイナーが意識することは、とても大事だと思っている。私は、毎日お店の日報を見ているけれど、新作が出た日の日報は、今でも怖くて直視できない。
売り上げは、つくったものがお客様の手に届いている総計。デザインによって生まれた幸福の総計なんだ。
売り上げではなく、世界観や自己表現を最上位のゴールに置いていた自分は、大きなものから逃げていた気がする。
そんな私のこだわりは、モノから店舗空間へと自然と拡大していった。「このバッグはどのような店舗で、どのような棚で、その棚はどんな色であるべきか?」今でも店舗設計のスタッフと共に、お店づくりに深く関わっている(私たちのこだわりは強く、什器を発注していた工房を吸収合併してしまったほど!)。
そして、お店の次にはこんな問いが生まれる。「そこでお客様に対してお話をするスタッフは、どんな人であるべきだろうか?」最後にお客様に手渡しするのは、人なのだ。せっかくお店も商品もいいのに、接客でがっかりした経験は誰にでもある。
私たちは、販売スタッフのことを「ストーリーテラー」と呼んでいる。モノを売るだけではなく、商品の背景にある思いをお客様に伝える伝道師だ。今、私たちは8割の正社員比率だが、小売にしては異常なこの比率には、やはり「モノを届けるのがゴール」という精神が強く流れている。そうなると、チームづくりや、採用計画、人事制度と、徐々にこだわりが派生していった。
その道のりはとても長いが、私は思った。「結果にこだわることで、利益は、循環して、またものづくりの自由度を増してくれる」と。
引っ張り合いながら、上へ上へ
イメージするなら、私の中に経営者とデザイナーという二人の人間がいて、いつも綱引きをしている感じ。
経営者としての自分に引っ張られ、
デザイナーとしての自分に引っ張られ、
綱はより強く、しなやかになる。
そして、ピンと張られた緊張感を保ったまま、
上へ上へと少しずつのぼっていく。
大事なのは、それらが引っ張り合うことであって、決してテンションを緩めて「妥協点」や「最適なバランス」を見つけようとしているわけではない、ということだ。二つの軸からものごとを見て、かけ算で意思決定する感覚に近い。
お店を回るときにも、私は数字と直観の両方の視点で、売り場を眺める。「この時期にはどんな商品がどれだけ売れて、次に売れるのはこれだから、こんな配置にしました」というふうに、ロジックで計算されただけでは、売り場はどこかチグハグになる。
頭では理解できても、感覚的になんか変。どこか美しくない。そこに立った瞬間に、心がふわっと浮き立って、ぐるっとお店を回りたくなる。そんなパワーを宿らせるには、ロジックだけじゃ足りないのだ。
このときに、「こっちのほうが美しいから」とロジックを覆せるほどの感覚を持ち合わせていれば、より精度の高い決定が早くできる。「もう少しこっちかな。いや、行きすぎじゃない? じゃ、このあたりでやってみようか」と、一人の人間の中で両極の視点を戦わせながら、私はものごとを決めている。
もう一つ大事なことは、意思決定を伝える際、
デザインの視点と経営の視点の両方から
チームに共有することだ。
人間だから、ロジックから理解できる人もいるし、文字や数字ばかりだとスムーズに消化できない人も、一枚のビジュアルなら納得できる人もいる。両方のアプローチからコミュニケーションを心がけ、あるいはその場その場で、使いやすいカードを出していく。大きい組織ほど、両方が必要になることを忘れてはいけない。
【前編を読む】
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