EVへの誤解が拡散するのはなぜか?:池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/6 ページ)
EVがHVを抜き、HVを得意とする日本の自動車メーカーは後れを取る、という論調のニュースをよく見かけるようになった。ちょっと待ってほしい。価格が高いEVはそう簡単に大量に売れるものではないし、環境規制対応をEVだけでまかなうのも不可能だ。「守旧派のHVと革新派のEV」という単純な構図で見るのは、そろそろ止めたほうがいい。
分からない未来を断定する記事がなぜ量産されるのか?
もちろん筆者が立てたこの予想にも前提事項はいろいろある。例えば再来年、バッテリーの価格が半分以下、数分の1に下がるようなことが起きれば話は変わる。下がると信じる人なら違う予測を立てるだろう。マイルドHVの効率8%も軽自動車だからであって、Aセグ、Bセグで同じような改善率が見込めるかは分からない。実際プリウス級のサイズになれば、マイルドHVでは8%の燃費削減効果は期待できない。システムとクラスの組み合わせによって効果は異なる。
さて、だいぶ長くなったのでそろそろまとめに入らないといけない。冒頭の記事にあった「16年後には現在の17倍の2202万台になる」は、まあそこまで先のことは変化幅が大きいのでそういうこともあるかもしれないとしかいいようがない。ただし個人的にはあまり順当な予想とは思えない。現状のEV需要予想はその大半が中国での急成長をベースにしているため、それはもう中国共産党がこれからどうなるかによって変わる。
少なくともリリースを見る限り、富士経済は、香港に端を発する革命前夜的現状を考慮して予測している節はない。「THE SANKEI NEWS」が「ストレートニュースだから」という理由で、16年後まで共産党が安定した一党独裁前提の未来図を、注釈なしで伝えてしまうのはあまりにも粗雑だと思う。決算書であれ何であれ、不安要素がない時期であっても「戦争や革命などの政変はないものと想定する」という断り書きが付いている。政策によって予測が大きく変わるのは当然だからだ。
筆者には正直なところ技術の話ではなく、政治の話だから分からない。ただ実際に今回のリリースは富士経済が販売する市場分析調査レポートのサマリーだ。このレポート「2019年版 HEV、EV関連市場徹底分析調査」は6月11に発刊されているので、止むを得ないことながら、スケジュール的に最新のニュースが反映されていない。しかしながら7月には中国政府の大きな政策変更が報道されているのだ。
香港問題だけではなく、7月12日頃、日本経済新聞やロイター、ブルームバーグなどが相次いで伝えたところによれば、EV化を旗振りしてきた中国政府は、実質的なHV優遇へと方針転換を検討しているらしい。EVだけでは大気汚染問題が解決できないことを、EV販売促進にあらゆる手を尽くした上で理解した中国政府は、HVとEVの混合政策に切り替えた。つまり「中国が巨大マーケットだからEVが伸びる」という論拠だとすれば、全く同じ論法でHVも伸びる可能性がある。
さて結論だ。富士経済のリリースには、マイルドHVがカウントされていないことが書かれている。これは実はとても重要な情報だった。実際EV系の統計調査では、不思議なことにPHVがEVの台数にカウントされていたり、マイルドHVがHVの台数から除外されていたりすることは多い。これが意図的な操作なのかは断定できないが、こういうデータを用いると、EVとHVの比率がゆがむのは間違いない。元リリースにあったその断り書きを「THE SANKEI NEWS」は省略した上に「EVには後れをとる見込みだ」とわずかながらストレートニュースの枠組みからはみ出す言葉を使った。
さらにそもそもの構図を「EV vs HV」と見ている。本来それらはそれぞれ違う所得層に向け、補完しあってマーケットを構成するという見方が欠落していた。記事タイトルの「2年後にHVなど抜き主力に」からは、まさに二項対立で見ていることがうかがえる。
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