台風15号の朝、「振り替え輸送」が実施されなかった理由:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/5 ページ)
台風15号が直撃した9月9日の朝、公共交通が大混乱となった。その理由の一つに「振り替え輸送がなかった」という声がある。振り替え輸送は自動的に行われるわけではない。その仕組みから、実施されなかった理由を解説する。
「振り替え輸送しない」を伝えるのは報道の役割
9月10日、取材旅行中にある新聞社から電話があった。鉄道利用者の目線で大混乱を検証したいという趣旨だ。かなり違和感がある問答だったので、ここに記しておく。
問: 振り替え輸送が実施されなかったため、自己負担で迂回ルートを利用せざるを得なかった人がいる。鉄道会社は補償すべきではないか。
答: どうしても出社しなくては困る、という社員に対しては、会社が交通費を負担して出社させるべきだし、社員の安全を考えれば自宅待機が正解だ(伝え忘れたけど、長期間の運休では定期券の有効期間延長という補償が行われる場合もある)。
問: 多くの鉄道会社が振り替え輸送を実施しなかった。なぜか。
答: 安全管理者が許諾しなかったためと考えられる。私よりも鉄道会社に確認してほしい。
問: 事故の運休や計画運休について、鉄道会社はWebサイトやTwitterで積極的に告知してきた。しかし今回は振り替え輸送しないことを積極的に告知していなかったようだ。この対応は問題ではないか。
答: 「振り替え輸送を実施する」は決定事項だから告知し積極的に広報する。しかし「実施しない」は決定事項になるまで時間がかかる。自社や他社の復旧状況を確認しつつ、常に振り替え輸送の可否を検討していたはずだ。「しない」という決定はギリギリまで出せない。「する」は告知できるけれども「しない」は告知しにくい(後日確認したところ、小田急電鉄など一部の鉄道会社は計画運休のプレスリリース内で、翌日の計画運休を実施しないと明記していた)。
むしろ「現在振り替え輸送を実施していない」を世間に伝える役目は報道機関にある。誰のために報道という仕事をしているのか。読者や視聴者に役立つ情報を提供する仕事のはず。ならば、随時、報道各社が鉄道会社に確認して、「○時現在、振り替え輸送は実施していない」と報じるべきだ。それが報道機関の仕事だし、それができる立場ではないか。問題があるのは報道機関のほうだ。
私は間違ったことを言ったつもりはない。あなたはどう感じるだろう。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。鉄旅オブザイヤー選考委員。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。
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