郵便配達員や窓口担当者を「IT人材」に――日本郵便が取り組む“現場が分かるIT担当”の育て方:不足しているなら育てればいい(1/2 ページ)
不足しているなら育てればいい――。IT未経験者を対象にした日本郵便の「IT人材育成プログラム」とは。
全国約2万4000カ所の郵便局を結び、雨の日も猛暑の日も、はがきに手紙に年賀状、さらには小包やゆうパックに至るまで、さまざまな郵便物や荷物を全国津々浦々に届けている日本郵便。日本初の「郵便役所」が1871年に設置されて以来、日本の郵便と物流を長きに渡って支え続けてきた同社も、物流業界の例に漏れず人手不足に頭を悩ませている。
通信販売やインターネットショッピングの普及に伴って扱う荷物の数は増加の一途をたどっており、物流の現場はかつてない人手不足に直面している。少子高齢化が加速する中でこの問題を解決するには、ITの力を駆使して新たな業務の仕組み作りをしていくしかない。
日本郵便はこうした問題を解決するために、長らく外部企業に委託してきたITシステムの構築・運用の内製化に着手。ITを使ったビジネス課題の解決を“ITベンダーに振り回されることなく現場主導で”行うために、EA(Enterprise Architecture)を策定し、改革を実現するための組織作りや仕組み作りに着手した。
しかし皮肉なことに、ここでもやはり悩まされたのが「人手不足」の問題だった。IT業界は、物流業界に負けるとも劣らない人手不足に悩まされており、中途採用で人を集めようにも、思うような人材が見つからないのが実情だ。
ならば社内に目を向け、郵便局の窓口業務や配達業務を担当している若手の中からやる気がある人材を発掘し、中長期的な目で育て、未来のIT企画部の軸になってもらえばいい。それがひいては、日本郵便という会社の競争力強化につながるはずだ――。そんな思いから、他にあまり例を見ない「未経験者を対象にしたIT人材育成プログラム」を開始したのが、同社のIT企画部だ。
さまざまな社内調整と選考を経て、全国各地から選抜された13人を「IT企画部転入者」とし、2018年10月からIT人材としての育成を開始。プログラムの一歩を踏み出した。
研修とOJTを通じて要件定義のできるIT人材に
日本郵便の業務は郵便、配送のほか、窓口業務など多岐にわたっており、それを支えるITシステムも3桁に上る。もちろん、全ての開発・運用を自社でやり切るのは非現実的であり、外部の力を借りることになるが、その際に「丸投げ」するのではなく、IT部門で方針を決めて発注できる体制を構築したいというのが日本郵便の方針だ。
今回のプログラムでは、若手にIT部門で実践的に学んで知識を身につけてもらい、今後、日本郵便のシステム企画や開発、運用の軸となり、新しい価値を生み出すためのIT人材として育っていってもらうことを主目的としている。
そこで、今回のIT人材育成プログラムにおいて育成する人材の方針は、先に定めたEAに基づき「業務要件が定義できる人材」とした。第一期生には、現場の社員の要望を踏まえつつ、外部のITベンダーとも折衝しながら、最適な業務プロセスに必要な要件を定義し、さらには適切な予算をおおまかに見積もり、受け入れテストまで行える――そんな人材に育つことを期待している。
従って「コーディング能力うんぬんよりも、現場の課題解決につながる方法をイメージできる想像力やコミュニケーション力を持ち、知恵を働かせ、周りの人と相談しながら『この先、求められるシステムの姿』を描いていけるメンバーを選びました。テクニカルなスキルは問わずに選抜を行ったので、中には、今回のプログラムに参加する前は、郵便配達や窓口業務をしていた人もいるんです」と、日本郵便のIT企画部 担当部長を務める須賀秀子氏は述べる。
そもそも、その気になればITに関する知識やスキルは、研修を通じて身に付けることができる。事実、第一期生として選抜された13人も、配属後1カ月間はITに関する基礎研修を受け、基本的な知識を身につけていった。全員が11月には「ITパスポート」資格を取得するペースで学習を進めていったという。
「ITの役割というと『システムを作ること』『ダウンしないシステムを提供すること』に偏りがちです。しかし今回の募集では、それに加えて新しい価値を生み出し、その価値の最大化に向けたトータルコーディネートができること、そのために積極的に新たな技術を学び、生かしていくことができるという観点で、今回の13人を選んでいます」(須賀氏)
この基礎研修が終わった後、メンバーはIT企画部が進めるいくつかのプロジェクトに配属され、OJT(現場での実務経験を通じた職業訓練)形式で要件定義を実践的に学んでいる。「日本郵便という会社や事業がどうあるべきか」という全体方針にも視野を広げながら、どのようにサービスを提供するかを考え、要件定義を進めていくプロセスを体感し、IT担当者としての経験を積み始めたところだ。
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