新幹線を水没から救え――1967年7月豪雨「伝説の戦い」が伝える教訓:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(6/6 ページ)
台風19号で被災した北陸新幹線は、多くの職員の復旧作業により全線直通運転を再開した。今回の被害は誰にも予測できなかった。しかし、過去には新幹線車両を待避させて水害から守った事例がある。「1967年鳥飼車両基地の伝説」だ。経験に学ぶことが必要ではないか。
その経験は継承されたか
水害から車両を守っただけではなく、当日も翌日以降も定時運転。これが「1967年鳥飼車両基地の伝説」だ。94年6月に制作された「大阪運転所30年記念誌」では、当時の運転科長が「(翌日、)基地周辺の側溝で鮒(フナ)を手づかみで取って休憩場所に持ち込んだ」というエピソードを寄稿している。また、検修第三科長による「ボイラー室が浸水したため、電車の抵抗器を使って電気風呂を作った」などの思い出がつづられている。27年たって、ようやく懐かしく笑える話もできるようになった。一方で脱線事故など苦い思い出もある。
報道によると、JR東海は現在、浸水退避訓練を実施していないという。安威川の改良工事が完成したからかもしれない。またJR東日本は長野車両センターの車両を待避させなかった理由について「翌日の定時運転に備えるためだった」という。これも妥当な判断だったかもしれない。JR東日本社内も、国土交通省も、報道も、水害の前に「車両を待避する」とは誰も思い付かなかった。だから現場も責任者も責められない。
……しかし。
過去の教訓が引き継がれず「誰も思い付かなかった」という状態を招いたことは反省すべきだろう。先輩たちが大変な思いをして13編成待避、定時運転維持を成した。その経験が生かされていない。これはマズい。
齋藤雅男氏は退職後、雑誌『鉄道ジャーナル』で国鉄人生をつづり、当時は表に出なかった興味深いエピソードを披露した。書籍化されたことからも人気連載だったと分かる。その中から“新幹線の安全”に絞って振り返った本が日刊工業新聞社刊だ。その齋藤氏は2016年に鬼籍に入られた。
国鉄改革によってJRが発足した。赤字も、職員のモラルハザードなど悪しき習慣も断ち切った。しかし、警鐘を鳴らすべき危機管理のノウハウまで断ち切られてしまったのではないか。浸水だけではなく、過去の危機と対策について掘り起こし、検証と対策が必要だ。これはJR東日本だけの問題ではない。他の分野の企業、自治体にも当てはまる。証言者たちは世を去って行く。ご存命の間に耳を傾けたい。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。鉄旅オブザイヤー選考委員。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。
関連記事
- 水没した北陸新幹線 「代替不可」の理由と「車両共通化」の真実
台風19号の影響で北陸新幹線の車両が水没した。専用仕様のため、他の車両が代わりに走ることはできない。なぜJR東日本は新幹線車両を共通化していないのか。一方で、北陸・上越新幹線の車両共通化に向けた取り組みは始まっている。 - 新幹線と飛行機の壁 「4時間」「1万円」より深刻な「1カ月前の壁」
所要時間が4時間以内なら飛行機より新幹線が選ばれるとされる「4時間の壁」。それよりも「1万円の壁」を越えるべき、というコラムが話題になったが、新幹線の“壁”は他にもある。航空業界と比べて大きな差がある、予約開始「1カ月前」の壁だ。 - 新幹線台車亀裂、川崎重工だけの過失だろうか
山陽新幹線で異臭を発した「のぞみ34号」について、東海道新幹線名古屋駅で台車に傷が見つかった。JR西日本の危機認識、川崎重工の製造工程のミス、そして、日本車輌製台車からも傷が見つかった。それぞれ改善すべき問題があるけれども、もう1つ重大な問題が見過ごされている。「納品検査」だ。 - 着工できないリニア 建設許可を出さない静岡県の「正義」
リニア中央新幹線の2027年開業を目指し、JR東海は建設工事を進めている。しかし、静岡県が「待った」をかけた形になっている。これまでの経緯や静岡県の意見書を見ると、リニアに反対しているわけではない。経済問題ではなく「環境問題」だ。 - こじれる長崎新幹線、実は佐賀県の“言い分”が正しい
佐賀県は新幹線の整備を求めていない。佐賀県知事の発言は衝撃的だった。費用対効果、事業費負担の問題がクローズアップされてきたが、これまでの経緯を振り返ると、佐賀県の主張にもうなずける。協議をやり直し、合意の上で新幹線を建設してほしい。 - 漫画『カレチ』『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』が描く、国鉄マンの仕事と人生
国鉄末期の旅客専務車掌を主人公に、当時の鉄道風景と鉄道員の人情を描いた漫画『カレチ』。その作者の池田邦彦氏に、鉄道員という仕事について話を聞いた。 - JR東日本が歩んだ「鉄道復権の30年」 次なる変革の“武器”とは?
「鉄道の再生・復権は達成した」と宣言したJR東日本。次のビジョンとして、生活サービス事業に注力する「変革2027」を発表した。鉄道需要の縮小を背景に、Suicaを核とした多角的なビジネスを展開していく。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.