ヤリスとトヨタのとんでもない総合力:池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/8 ページ)
これまで、Bセグメントで何を買うかと聞かれたら、マツダ・デミオ(Mazda2)かスズキ・スイフトと答えてきたし、正直なところそれ以外は多少の差はあれど「止めておいたら?」という水準だった。しかしその中でもトヨタはどん尻を争う体たらくだったのだ。しかし、「もっといいクルマ」の掛け声の下、心を入れ替えたトヨタが本気で作ったTNGAになったヤリスは、出来のレベルが別物だ。
もう一つ特記しておくべきことがある。それはフィールの統一感だ。人間にとってのリニアリティとは、入力と出力が数学的に完全に比例関係にあることではなく、ロジスティック曲線のように初速と終速を穏やかにしたS字曲線になる。スロー、クイック、スローをなだらかにつなげた形だ。今回ヤリスは、この人間の感覚に即したリニアリティで全ての操作系を統一した。それは各部の高い剛性があってこそ初めてできることである。操作系だけロジスティック曲線で設計しても、剛性がなければそんな味わいの領域以前にたわみが割り込んでしまうのだ。
その甲斐(かい)あって、ヤリスは袖ケ浦レースウェイのあらゆる場面で、滑らかで精度が高く、安心感のある挙動を示した。特に感心したのは袖ケ浦の5、6、7と連続して曲がり率が変わる左の複合コーナー。ここはRが徐々に緩やかになりながら緩く上り、その頂点を迎えてフロントの接地荷重が抜け気味になるタイミングで再び左に巻いて、短いストレートに出ていく嫌な場所で、踏み込まないと登坂とスクラブ抵抗(舵角の抵抗)で失速していくし、踏み込み過ぎればストレートへ出たところでコース幅が足りなくなるのでアクセルを緩めなければならなくなる。ボトムスピードはモデルにもよるがヤリスの場合時速80キロから90キロ程度だ。
要するに最後にどうやってもフロント荷重が不足気味になるので、通過速度を上げようとすれば、舵角でねじ伏せるようなシャシーへの負担が大きい走り方になる。そういうところで全く音を上げないし、安定している。
フロントだけでなく、リヤ荷重が抜ける場所でも、リヤタイヤがしっかり接地している。そこそこ高い速度から急減速して一気に180度向きを変える8コーナーや、ストレートエンドで、時速130キロからの急制動をかけつつ、90度向きを変える1コーナーでも、リヤが落ち着いてしっかり曲がり、かつ挙動がおもちゃっぽくない。やんちゃではなく上質だ。
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