ヤリスの向こうに見える福祉車両新時代:池田直渡「週刊モータージャーナル」(7/7 ページ)
還暦もそう遠くない筆者の回りでは、いまや最大関心事が親の介護だ。生活からクルマ消えた場合、高齢者はクルマのない新たな生活パターンを構築することができない。そこで活躍するのが、介護車両だ。トヨタは、ウェルキャブシリーズと名付けた介護車両のシリーズをラインアップしていた。そしてTNGA以降、介護車両へのコンバートに必要な構造要素はクルマの基礎設計に織り込まれている。
実際の車椅子の積み下ろしを見たとき、介助者の筋力とコツを要さない仕掛けであることに感心しつつも、リヤシートをたたんで装着する点について、危惧した。これだと車椅子を積まない時にもラゲッジが使えない。
そこで思い出したのが、ダイハツのDNGAによるクレーンだ(8月の記事参照)。収容時にはほぼスペースを食わないあちらの方が優れているのではないか。しかしすぐ違いに思い至った。ダイハツの場合、車両がタントで、垂直リヤゲートを持っているから天井にクレーンアームを取り付けられる。ヤリスのように傾斜したリヤゲートで同じことをやろうとすると、ものすごく長いアームでないと使えない。そうすると構造的にテコが長くなって、取り付け部に極めて高い強度が求められるし、長大なアームの収容にも工夫がいる。
加えてトヨタの説明によれば、クレーンタイプは、つり上げた車椅子の揺れを、作業者が押さえなくてはならない。電動ウィンチの操作をしながら揺れを押さえるのは大変で、特に筋力の衰えた老老介護を考えたときには、それはちょっと使い勝手が悪い。もちろん収容時のスペースユーティリティに問題がないとは言わないが、どちらを優先するかはユーザーの状況によるだろう。
いまや世界の先進国は、米国などの一部例外を除けば、高齢化問題に直面している。特に欧州は日本同様、深刻な状況だ。そして欧州には、ウェルキャブシリーズのようなメーカーが作り込んだ介護車両は存在しない。欧州ではサードパーティの介護車両改造メーカーが社会的にリスペクトされており、メーカーと二人三脚で介護車両を制作している。部品供給面などでも便宜が図られて独特の地位を築いている。
しかし、そうやって2つの企業をまたがれば、機能をあらかじめ設計に織り込むことなど不可能だし、改造を要する部分が増える分コスト的にも不利になる。これから日本を見習おうとしても、すでに力を持っている業者を説得するのは難しいはずだ。社会問題の解決に尽力してきた企業に対してではあるが、言葉を選ばずに言えばそれは利権なのだ。
トヨタのコンパクトカー・カンパニーは、ダイハツとの住み分けを命じられた。新興国の小型車はダイハツ、先進国の小型車はコンパクトカー・カンパニー。つまりトヨタは日本と欧州と米国で戦わなければならない。
先進国に通底する高齢化社会への対応として、日本以外のどこでも取り組んでいない福祉車両技術は、欧州戦略に向けた大きな武器になるように思う。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。
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