大ヒット作『空母いぶき』作者のかわぐちかいじが大病を経て得た「仕事観」:かわぐちかいじが語るマンガの力【前編】(2/2 ページ)
かわぐちかいじさんは1968年に21歳で漫画家デビューして以来、70年代からヒットを連発し、休むことなく作品を世に出し続けてきた日本を代表する漫画家の1人だ。12月10日発売号で最終回を迎えた『空母いぶき』作者のかわぐちかいじさんに、同作品に込めた思いやヒットの舞台裏を聞いた。前編では、『空母いぶき』というヒット作を生み出すに当たって、キャラクターや状況設定をいかにして生み出していったのかに迫る。
食道がんで半年間の闘病後、2本の連載を再開
――19年には2本の連載を長期休載していました。「体調不良」が理由でしたが、実は食道がんにかかって闘病されていたそうですね。
治療はうまくいきましたよ。「これだけ順調に回復したのはなかなかないことだ」と医者にも言われました。半年も仕事を休んだのは(50年近くになるマンガ家人生の中でも)初めてです。
――半年間闘病で休まれて、いきなり2本の連載を再開しています。仕事はかなりハードじゃないですか。
これはしようがないですね(笑)。1週間のうち4日は、仕事を始めると1日に15時間から16時間くらいやっています。マンガを描いていると基本的には休みがないですね。絵を描いていないときは、話を考えていますから。
ただ、仕事をやっているときは、「放出」なんですよ。だからストレスがたまりません。仕事をしていないときの方がストレスがたまります。
――闘病していた半年間はどのように過ごしていましたか。
よく寝ていましたね。こんなに人間は寝ていられるのかと思うくらい(笑)。少しでも楽しいことがあれば起きますけど。それまでは酒も相当飲んで、ヘビースモーカーでしたが、両方ダメになったので寝ていました。
――仕事をやっていた方がいいと感じましたか?
寝ているより仕事の方が面白いですね。ある程度休んだら復帰したいと思っていたので、仕事があってよかったです(笑)。
――闘病生活を通じて、何か感じたことはありますか。
きょう生きていてよかったと思うじゃないですか。病院のベッドでずっと寝ていると、「生きているだけで丸儲(もう)け」と刹那的な気持ちになるんですよ。あしたとか、あさってのことよりも、いま生きているからいいという感じです。何となく自分が仏になったような気がして、人に優しくなれるかなと思っていました。
ところが、復帰して、スタッフに集まってもらって仕事を再開すると、スタッフのちょっとしたミスを許せない自分がいるんですよ(笑)。いままでだったら絶対に許したミスを、許せなくなりました。
仏になったような気持ちだったのに、何でだろうと考えてみました。その理由の1つは、がんになって初めて、体力も時間も有限だと分かったからです。それまでは自分のコントロールさえ誤らなければ、体力は無限だと思っていました。
もう1つは、若くて体力も時間も無限にある人を見ると、嫉妬するからです(笑)。スタッフを見て「こいつは無限だと思っているな」と思うと、「だめだよ。有限な人が言っていることは、有限だと思って表現してくれ」と話しています。
スタッフは大変でしょうけど、しようがないですね。これからもより厳しくやっていきますよ。『空母いぶき』はたぶんなかなか終わらないと思いますから(笑)。
著者プロフィール
田中圭太郎(たなか けいたろう)
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。雑誌・webで警察不祥事、労働問題、教育、政治、経済、パラリンピックなど幅広いテーマで執筆。「スポーツ報知大相撲ジャーナル」で相撲記事も担当。Webサイトはhttp://tanakakeitaro.link/
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