欧米と日本の“いいとこ取り”でIT化を加速 ライフネット生命のCIOが取り組む、システム内製化への道(5/5 ページ)
急速なビジネス環境の変化に追いつけるシステムを――。そんなミッションのもと、ライフネット生命のCIOに就任した馬場靖介氏。外資系企業での経験を生かした、欧米と日本の“いいとこ取り”で進めるトランスフォーメーションとはどのようなものなのか。
海外と日本の“いいとこ取り”をするマネジメントとは
馬場: 今回、久々に日本企業に勤めることになって、日本企業ならではの良さもあらためて実感しています。
先ほどもお話しした通り、外資系企業は本国が決めるグローバルスタンダードに多かれ少なかれ縛られるのですが、日本企業にはそれがないのでビジネスに即したソリューションを自由に選ぶことができます。アーキテクチャから実装まで、全て自分たちで考えて実装できるという楽しさは、外資系企業にはない日本企業ならではの醍醐味ですね。
その一方で、日本企業ならではの難しさもあらためて実感しています。外資系企業は基本的にトップダウンで物事が決まっていきますが、日本企業は現場が腑に落ちないと進まない側面もある。
そのため、これまでのようなトップダウンのやり方だけではなく、現場の声を積極的に拾っていくボトムアップの方法も組み合わせた「ハイブリッドなマネジメント」が必要だと感じています。
中野: 日本企業ならではの「すり合わせ」の文化ですね。外資系企業と比べると、日本企業は何かにつけステークホルダーが多くなりますから、どうしても社内コミュニケーションの量が増えてしまいますよね。
馬場: 自部門内でのステークホルダーの数が圧倒的に増えましたね。外資系では基本的に、自分の1階層下の人たちをしっかりマネジメントしていればよかったのですが、日本企業では部門のメンバー全てをカバーしなくてはならないので、その点は大変ですね。
中野: 確かに「Workday」のような外資系のERPパッケージ製品では、自分の直下の部下しか見ないような仕様になっていますからね。実際のところ、そういう方法をとらないと、組織が大きくなるにつれてマネジメントの負荷が高まる一方で、どこかで組織の拡大が頭打ちになってしまいます。
馬場: 責任も明確になりませんしね。上司が部下を評価する際、きちんとKPIを定めて上司が期待することを定量化しておかないと「達成した!」「いやしてない!」という水掛け論になってしまいます。
ただし、外資系のやり方が全て正しいとも思っていないんです。日本特有の「和を重んじる文化」にもいい面はたくさんありますから、両方のバランスをどううまく取るかが大事なのだと思います。
中野: 営業のように成果を定量化できる職種ならともかく、コーポレート部門ではどうしても定性評価が中心にならざるを得ませんよね。それと、組織を可能な限りフラットな形にしていくことが求められると、階層構造を前提としたプロセスやシステムはいろいろと見直す必要がある。
馬場: そうですね。どうしても「上司がどう見ているか」という評価になりがちですが、そんなとき外国人は猛烈にアピールしますよね。「上司の頭に刷り込んでしまえ」と言わんばかりに、やってもないのに「やってます!」とアピールしまくります(笑)。
中野: まだ仕事が残っているのに「メリークリスマス!」と言い残して堂々とクリスマス休暇に突入してしまう(笑)。日本人が「おいおい。マジかよ……」って言いながら、残業してカバーするとか。もちろんどちらがまともなのかは議論の余地がありますが……。
その点、日本人はとても真面目で責任感がありますが、より人手不足が深刻化する今後は、外国のパートナー企業と仕事をする機会が増えてきます。外国の文化や価値観に対する理解を深めていく必要がありますよね。
馬場: そうでしょうね。システム開発の現場では今後、オフショアベンダーとの協業が増えてくると思います。そうした仕事をスムーズにこなすには、やはりダイバーシティが鍵を握ります。まずは自社で外国人を積極的に採用して、自社内で多様性を高めていく必要があるでしょう。
これまで外資系企業で長く働いてきた経験に照らすと、単に英語が流ちょうに話せるだけでは外国人とは分かり合えないんですね。やはり、一緒に働いていく中で互いのカルチャーについての理解を深め、その上で信頼関係を築き上げるというプロセスが必要だと思います。
中野: 一方、ダイバーシティを声高に叫ぶだけでも、今度はインクルージョン(さまざまなバックグラウンドを持つ人材が対等に関わりあいながら相互に認め合い、一体となって働く状態)がおろそかになって、社内の一体感が損なわれてしまいます。
北米の企業が、自社のミッションやビジョン、バリューなどをことさらに強調したり、大々的に社内イベントを開いたりするのは、やはり会社の一体感やカルチャーの醸成を重要視しているからなのだと思います。関係者の国籍も職種もなにもバックボーンが違いすぎて、何もしないとコミュニケーションすら危うくなってしまいます。
日本企業が今後、ダイバーシティを推進していく上では、インクルージョンとのバランスを考慮する必要があるでしょう。
ライフネット生命 システム戦略本部長 馬場靖介氏
1972年東京都生まれ。1995年に立教大学社会学部を卒業後、損害保険会社、生命保険会社を中心に社内システム管理業務に従事。マネースクエア執行役員を経て2019年4月より現職。
AnityA 代表取締役 中野仁氏プロフィール
国内・外資ベンダーのエンジニアを経て事業会社の情報システム部門へ転職。メーカー、Webサービス企業でシステム部門の立ち上げやシステム刷新に関わる。2015年から海外を含む基幹システムを刷新する「5並列プロジェクト」を率い、1年半でシステム基盤をシンプルに構築し直すプロジェクトを敢行した。2018年、AnityAを立ち上げ代表取締役に就任。システム企画、導入についてのコンサルティングを中心に活動している。システムに限らない企業の本質的な変化を実現することが信条。
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