「暗号通貨」の看板を下ろしたLibraの勝算:星暁雄「21世紀のイノベーションのジレンマ」(1/2 ページ)
国際的な送金・決済ネットワークを目指すLibra協会は、2020年4月に大きなピボット(方針転換)を行った。「暗号通貨」(cryptocurrency)の看板を下ろし、「決済システム」(payment system)となったのである。ローンチはまだ先のことだが、Libraはゆっくり成長して国際的な決済ネットワークの世界のゲームチェンジャーになるかもしれない。
Facebookが大々的に発表して話題となった暗号通貨Libraは、2020年4月に大きなピボット(方針転換)を行った。「暗号通貨」(cryptocurrency)の看板を下ろし、「決済システム」(payment system)となったのである。
Libraは、今までに各国の金融当局から厳しい批判を受け続けてきた。今回のピボットで、それらの批判の多くに回答した形だ。今後、Facebookから引き継いだ技術力、資本力、効率を発揮できれば、国際的な金融システムの中でLibraが競争力ある地位を占める可能性は十分にあるだろう。
金融システムのルールを守る
米国のテックジャイアント(巨大IT企業)の一角であるFacebookが、Libraの構想を発表したのは19年6月のことだ。当初の資料(ホワイトペーパー)には、暗号通貨とブロックチェーンのテクノロジーとカルチャーを引き継ぎ、複数通貨バスケットに連動するグローバルステーブルコインを発行、世界中で使えるようにする構想が記されていた(「Libraの2つの顔 超国家企業連合か、暗号通貨の「伝統」か」参照)。
このLibra構想は、各国の金融当局から見れば「ヤンチャ」が過ぎた内容だった。Libraは構想発表の翌日から、世界中の金融当局の厳しい批判にさらされた。例えば日本銀行の黒田東彦総裁はLibraを名指しし、各国の金融当局がコストをかけて維持している「金融安定という公共財」を過剰消費し、「共有地の悲劇」を招く可能性があると批判した(日本銀行掲載 黒田氏の講演)。
しかし、20年4月のピボットにより、Libra構想の枠組みは大きく変わった。Libraは、米国やEUのような国・地域の金融政策や金融安定を脅かさないよう設計変更し、マネーロンダリング(資金洗浄)対策を厳格化し、そして「暗号通貨」の看板を下ろしたのである(ホワイトペーパー2.0の記事参照)。
金融政策や金融安定を脅かさない工夫の一つが、通貨発行のスタイルだ。米ドル、ユーロ、英ポンド、シンガポールドルのような単一通貨に連動したシングルステーブルコインをまず発行し、それらの合成として複数通貨バスケット連動のLibraを発行する形に改めた。国・地域の通貨主権に服する形を明確にした。
今のLibra協会の優先課題は、国際金融システムのルールに従うこと、つまりコンプライアンス(法令順守)である。とりわけマネーロンダリング対策の厳格化が求められている。最近、Facebookの子会社でLibra協会の一員であるCalibraが、アイルランドで50人規模のコンプライアンス関連の人材募集を行った。これはLibraの計画が進行していること、そしてコンプライアンスが優先課題であることを示しているといえる。
関連して注目すべき人事があった。20年5月6日、Libra協会は初代CEO(最高経営責任者)として、世界最大級の銀行HSBCの最高法務責任者だったスチュアート・A・リーヴィ氏が着任したと発表した(Libra協会の発表)。
リーヴィ氏のHSBC以前のキャリアは目を引くものだ。米司法省の主席副司法長官補佐を経て、米国のブッシュ政権とオバマ政権のもとで、米国財務省の初代テロ・金融情報担当次官を務めている。2001年の同時多発テロ、いわゆる「911」以降、米国はテロ資金供与対策を厳格化し、国際金融システム全体が大幅なコンプライアンス強化を強いられた。リーヴィ氏はその規制当局側で要職を務めていたわけである。マネーロンダリング対策とコンプライアンスを優先課題とするLibra協会にとって、強力な人材といえそうだ。
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