孫正義も調達の中国BYDマスク、米「N95」認証で形勢逆転 本業EVの救世主に前進:浦上早苗「中国式ニューエコノミー」(2/2 ページ)
中国EV大手のBYDが、米カリフォルニア州と結んでいた医療用マスク供給契約は、返金問題にまで発展していたが、同社製マスクが米国でのN95認証を取得。数日以内に納品されるという。同社製マスクは、ソフトバンクの孫正義氏も3億枚調達し、国内へ無利益で供給すると表明していた。
契約から返金問題までの経緯
新型コロナの拡大で医療物資不足に直面したカリフォルニア州は4月、BYDとマスク調達契約を結んだ。契約内容によると、BYDとはN95マスク3億枚を1枚3.3ドル、サージカルマスク1億枚を1枚0.55ドルで購入することで合意。1枚3.3ドルという価格は、他の州の調達価格に比べかなり安いという。
ところがカリフォルニア州は5月6日、BYDから期日通りにN95マスクが納品されないため、既に支払った4.75億ドルの半額の返金を求めると明らかにした。
そもそも、ウイルスを含んだ飛沫の侵入を防ぐ効果が高い「N95マスク」は、NIOSHの規格に合格したマスクを指す。カリフォルニア州が契約したBYDのマスクは、実際には中国の同様の基準をクリアした「KN95マスク」であり、NIOSHの認証を受けていなかった。同州は契約で、BYDにNIOSHのN95認証を5月8日までに取得した上で、納品することを求めていたが、期日通りに認証・納品されなかったため、騒動になっていた。
背景には「N95」と同等のはずの「KN95マスク」に、基準を満たさない製品が相当数紛れていたことがある。米食品医薬品局(FDA)は従来、感染症対策におけるKN95マスクの有用性を認めていなかったが、N95マスクが圧倒的に不足している現状も考慮し、4月3日に従来の方針を変更し、中国で承認された「KN95マスク」が「N95」と同等の効果を持つとして、医療現場での使用を認めた。そこから多くの中国企業が、KN95マスクを米国に輸出するようになった。
ところが、米国に輸出されたKN95マスクから、基準を満たしていないマスクが大量に見つかり、FDAは5月7日までに再び方針を変更。米国に医療用マスクを輸出する中国企業80社のうち8割の輸出許可を取り消した。BYDのマスクは輸出許可を取り消されなかったが、契約先のカリフォルニア州から「N95同等」でなく「N95 取得」を求められたため、認証の遅れとともに、納品が遅延していたというわけだ。
当初の期日までにNIOSH認証を取れなかったBYDとカリフォルニア州は5月中旬、契約内容を「カルフォルニア州が先に支払った4.95億ドルの半分を返金」「認証を5月31日までに取得し、納品日を5月22日までに確定する」と修正した。だが、5月末時点でも認証を取れず、期限を再延長していた。
バフェット氏もBYDマスクを愛用
BYDは中国EVメーカーのリーディング企業で、投資家であるウォーレン・バフェット氏の出資も受けているが、この数年は政府のEV購入への補助金削減の影響を受け、業績が低迷している。EV市場の失速とコロナ禍のダブルパンチで、同社の2020年1-3月期の純利益は、9割近く落ち込んだ。
マスク生産は緊急対策的に始めたものだったが、世界に新型コロナウイルスが広がる中で需要が急拡大し、BYDに投資するウォーレン・バフェット氏も同社のマスクをつけた写真を公開するなど、ブランド力向上に一役買っている。中国の2018年のマスク生産量は約45万枚だったが、BYDは現在、1カ月で15億枚を生産できるまでになった。2020年は自動車市場も縮小すると見られ、今年度のBYDの業績はマスク次第になると言われている。
BYDの18年度の売上高は1300億5500万元(約180億ドル)で、カリフォルニア州との契約10億ドルは、年間売上高と比較しても小さくない。同州とのトラブルはBYDにとって大きな試金石だったが、世界に通用する米国のN95規格を取れたことで、事業の大きな弾みとなりそうだ。
筆者:浦上 早苗
早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社を経て、中国・大連に国費博士留学および少数民族向けの大学で講師。2016年夏以降東京で、執筆、翻訳、教育などを行う。法政大学MBA兼任講師(コミュニケーション・マネジメント)。帰国して日本語教師と通訳案内士の資格も取得。
最新刊は、「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。twitter:sanadi37。
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