知られざる世界最重要企業 Appleチップを生産するTSMC:星暁雄「21世紀のイノベーションのジレンマ」(3/4 ページ)
AppleがIntelチップの採用をやめる。背後には、Intelがもはや世界一の半導体製造技術を持つ会社ではなくなり、最新の半導体製造技術はTSMCが持っているという事実があった。そのTSMCは、今や世界で最も重要な企業の1社なのである。
半導体「製造」の技術がなぜ重要なのか
ここで、疑問を感じる読者もいるかもしれない。最新のデジタル技術ではハードウェアだけでなくソフトウェアが大事だという言説を耳にしたことがある読者もいるだろう。Apple製品のように洗練されたハイエンドな製品では、機能だけでなくデザインやユーザー体験が重視される、という言説もある。一方、半導体製造技術を日常で意識する機会はまずない。半導体製造技術がそこまで重視される理由がピンとこない読者もいるかもしれない。
なぜ半導体はそれほどまでに重要なのか。改めていうまでもないことだが、半導体はあらゆるコンピュータの中核部品である。スマートフォン、クラウドを構成するサーバ群、そしてソフトウェアが重要となった最新の戦闘機に至るまで、あらゆる分野で半導体は中核部品として使われている。最新の半導体がなければ、スマートフォンもクラウドも戦闘機も優位性を保てない。
ソフトウェアももちろん重要だが、半導体が劣っている場合にソフトウェアだけで挽回(ばんかい)して優位性を出すことはまず無理だ。過去50年のITの進化は、主に半導体の進化に依存しているといって過言ではない。半導体は、非常に重要な基幹技術なのだ。
デジタルデバイスが、その利用者に対して目新しく快適なユーザー体験を提供するには、中核となる半導体の処理性能を上げることで新たな付加価値を作り出すやり方が基本となる。
半導体の処理性能を上げるには、半導体の動作速度を上げるとともに、同時に機能する半導体素子(トランジスタ)の数を増やす。そのためには半導体素子の集積度(シリコンチップ上の半導体素子の数)、クロック周波数(半導体の動作速度)、並列度(同時に複数の機能を動かす度合い)を上げる。
集積度とクロック周波数は半導体を「製造」する技術に依存する。並列度は半導体を「設計」する技術とソフトウェア技術に依存する。半導体製造、半導体設計、ソフトウェア、どれも重要だが、最新の製造技術を提供できる企業には特別な価値がある。集積度が上がらなければ、1つのシリコンチップの中で並列度を上げることは難しい。要するに、集積度は半導体の価値の源泉だ。集積度を高めるための半導体製造技術の進化が止まれば、デジタルデバイスの進化が止まってしまう。
だからこそ、製造技術の進化に成功したTSMCは、替わりがいない重要な企業となったのだ。
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