認識のズレはどこで起きた? JR東海社長と静岡県知事の「リニアトップ面談」にツッコミを入れる【後編】:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/5 ページ)
静岡県庁で行われたJR東海社長と静岡県知事の面談。進行に沿って解説する記事の後編。後半は「工事許可の手続き」と「川勝知事の同意のような返事」に注目すると、和やかに終わった面談後に、知事が「不誠実」と発言した背景も見えてくる。
金子社長は「実務的な問題であるならば、お問い合わせをして、早く進めていただけるものならありがたいし」と言い、川勝知事も「そうですね」と返す。そして、「もっと実質的な審議に時間がかかってしまうのであれば難しい問題だと思っていた。今の知事の話だと、そんなに難しい話ではないのかと」「条例は守るべき準拠するものなので、それがヤードに関わることでクリアできればね」と続く。
金子社長に安堵の表情。笑顔も見える。「ヤードは先ほども言いましたように掘ったりしませんので、準備をしているだけなので、ぜひご理解いただいて」。この間、川勝知事は何度かうなずく。そして、「私もあなたの立場だったら同じことを言うでしょう」で、互いに笑顔で終了となった。動画はお土産のお茶とお酒を渡す場面で終わる。
ヤード工事の許可は知事権限では出せない。しかし道筋は見えた。
新聞報道は「物別れ」などと否定的だけど、動画を見れば多くの人は「リニア整備」「環境への配慮」で一致。双方に置かれたいくつかの誤解を解いた。ヤード工事についても知事の了承を得て、あとは手続きのみ、という前向きな印象を持つはずだ。
川勝知事の即答はない。しかし工事着手の見通しは立ったと解釈できる。しかし、その期待は面談後の単独会見で裏切られた。さて「不誠実」はどちらだろうか。私の見立てとは異なる印象を持つ向きもあるだろう。ぜひ動画を丁寧に見て判断してほしい。
(解説編に続く)
西俣ヤードの準備工事。自然環境保全協定が不要な5ヘクタール未満の工事を実施していた。工事再開を求めている部分は工事用トンネルの入口とリニア本坑へ通じる斜坑トンネルの入口。金子社長の「掘らないから整地させてほしい」がここに当たる。ピンクの建物のうち濁水処理設備については、JR東海は「掘る部分ではないから本体とは関係ない」とし、静岡県は「トンネルを掘って出た水の処理施設だからトンネル本体の付帯設備」とする(出典:JR東海「中央新幹線南アルプストンネル静岡工区における工事の準備の内容について」)
千石ヤードの準備工事。こちらも西俣ヤードと同様に5ヘクタール未満の電気関連設備は着手済み。再開したい部分は西俣ヤードに通じる工事車両用トンネルの入口とトンネル本坑に続く斜坑の入口。その周辺の設備。JR東海は「未着手」としているため、整地から始める工事になる。ヤード全体から見ると「再開」となる(出典:JR東海「中央新幹線南アルプストンネル静岡工区における工事の準備の内容について」)
椹島ヤードの準備工事。西俣ヤードと状況は同じ。これらの図をJR東海は静岡県に提出しており、川勝知事も承知しているはず。金子社長もその前提で「許可してほしい」と願い出ている。川勝知事の「5ヘクタール以上は条例が通ればOK」は、この図面を踏まえたものと考えて良いはずだ。しかし「条例が通れば」の真意は、「全て認める」「全て認められない」「濁水処理のみ認められない」などは「条例の下で審議される」という意味にも取れる(出典:JR東海「中央新幹線南アルプストンネル静岡工区における工事の準備の内容について」)
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。鉄旅オブザイヤー選考委員。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。
関連記事
- “悪者扱い”の誤解解く発言も JR東海社長と静岡県知事の「リニアトップ面談」にツッコミを入れる【前編】
リニアの静岡工区に関して、JR東海社長と静岡県知事による面談が行われた。この内容を把握するために、進行に沿ってツッコミを入れていきたい。今回は前編。注目は「静岡工区が悪者にされた」という誤解を解く発言と、東海道新幹線「ひかり」への言及だ。 - 着工できないリニア 建設許可を出さない静岡県の「正義」
リニア中央新幹線の2027年開業を目指し、JR東海は建設工事を進めている。しかし、静岡県が「待った」をかけた形になっている。これまでの経緯や静岡県の意見書を見ると、リニアに反対しているわけではない。経済問題ではなく「環境問題」だ。 - リニアを巡るJR東海と静岡県の“混迷”、解決のカギは「河川法」か
リニア中央新幹線建設を巡る環境問題などの対応策について、静岡県に対する回答をJR東海が出した。しかし、県は納得していない。なぜ両者の議論はかみ合わないのか。問題点を整理し、解決方法を探ってみたい。 - こじれる長崎新幹線、実は佐賀県の“言い分”が正しい
佐賀県は新幹線の整備を求めていない。佐賀県知事の発言は衝撃的だった。費用対効果、事業費負担の問題がクローズアップされてきたが、これまでの経緯を振り返ると、佐賀県の主張にもうなずける。協議をやり直し、合意の上で新幹線を建設してほしい。 - 水没した北陸新幹線 「代替不可」の理由と「車両共通化」の真実
台風19号の影響で北陸新幹線の車両が水没した。専用仕様のため、他の車両が代わりに走ることはできない。なぜJR東日本は新幹線車両を共通化していないのか。一方で、北陸・上越新幹線の車両共通化に向けた取り組みは始まっている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.