東京女子医大で起きた看護師400人の退職危機は「コロナ不況」の先取りである:専門家のイロメガネ(4/5 ページ)
東京女子医大で看護師400人が一斉退職希望という異例の事態が起こった。6月に病院側が突きつけたボーナス全額カットが、その要因だとされている。しかし大量退職危機は、決して「ボーナスゼロ」だけが原因ではない。
流動性が高い看護師
看護師の転職市場の特徴としては、待遇と勤務地を重視して職場を選ぶ傾向にある。一般企業で働いている人は驚くかもしれないが、転職を希望する看護師に具体的な希望を聞くと、自転車で10分以内などの条件を出す人は珍しくない(自動車ではなく「自転車」)。看護師はそれだけ仕事を選べる立場という特殊な事情もある。
したがって病院の新規採用における主戦場は、物理的に病院の周辺に住んでいる人だ。それだけの候補者が近くにいるのか? あるいは遠方からでも呼び寄せられるほど求職者にアピールできるか? ということになる。
今回のニュースが広く報じられたことで、採用の難易度は大幅に上がっただろう。ボーナスカットなど条件が悪く、コロナ患者を受け入れる病院を避けたいという要望もあるかもしれない。これは中途採用だけではなく新卒採用にもいえる。
東京女子医大は、次年度に330人を新卒採用すると掲げている(公式採用ページより)が、予定数を採用できるとは限らない。新規採用は入職後の教育コストが大きく、そして看護師は流動性が高い。
このご時世に、ボーナスがもらえないから辞めるなんてずいぶん贅沢(ぜいたく)だなと思った人もいるかもしれないが、流動性の高さはそれだけ次の職場が見つけやすいことも意味する。条件の悪い職場で我慢して働いている人から見ると羨ましい状況だと思うが、看護師はそれだけ売り手市場ということになる。
大量退職が回避された今となってはタラレバの議論は関係ないと思われるかもしれないが、このような状況は経営陣も現場の職員も当然予想できたはずだ。
一時的とはいえこれほどの負担を容認した経営陣を、現場の看護師や医師ら職員は信用できるのだろうか。信頼関係が壊れた上に前述の通り赤字体質もコロナによる過酷な状況も何一つ変わらない。
東京女子医大の問題は、コロナ患者受け入れによる赤字に加えて外来数減少という構造上の問題で、他の病院でも起こり得る。そしてコロナ以前に、「2019年度・病院経営定期調査」によれば赤字経営の病院は全国で4割を超えている。
コロナ禍と比較して語られることの多いリーマンショック時は、10カ月程度遅れて労働市場に顕著な影響が出た。コロナ禍の本格的な影響は夏のボーナスではなく年末以降の話となる可能性も高い。そして、これは病院に限らずすべての業種に当てはまる。
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