成功した一発以外は“多産多死” チャイナ・イノベーションのスピード感を支える「野蛮な戦略」とは?:プロトタイプシティ 深センと世界的イノベーション (5/5 ページ)
現代は、手を動かして試作品を作る「プロトタイプ」の考え方が奏功し、「まずは手を動かす」人や企業が勝利する時代だ。中国のイノベーションを支える戦略や、ITジャイアントのテンセントにも影響を及ぼしている開発手法「アドホックモデル」の利点について新進気鋭の起業家が解説する。
本当の課題は社会にある
日本とてアドホックモデルがないわけではない。アドホックモデル的に、まずプロトタイプを作ってみよう、ただし商用には使わないという手法もある。中国は一歩進んで、プロトタイプを実戦投入してみよう、問題が起きるまではそれでいいじゃないかという割り切りだ。
もちろん、アドホックモデルには保守や拡張性などに課題がある。だから、先進国では使われないモデルとなったわけだ。この点に間違いはない。ソフトウェア工学だけを見れば、アドホックモデルは問題だらけだ。だが、ビジネス全体を見ると、課題はソフトウェアの品質だけではないということに気付かされる。特に非連続な価値創造が重要視される現代における新サービスは、シェアリング自転車やQRコード決済のように、社会で受け入れられるかどうかは、やってみなくては分からないものが多い。
このようなビジネスの勝敗に、プログラミングの品質が占める比率はごくごくわずかなものとなっているわけだ。だとすれば、問題があってもエンジニアリングのスピードを重視したほうがいいという発想になる。どれだけトライアル&エラーを増やすかに注力しなければならない。
ともかく手数(てかず)を増やしてニーズを探る。手応えがあったサービスにリソースを集中して拡大させる。こうした野蛮な戦略がチャイナ・イノベーションのスピード感を支えている。まさに「多産多死」のモデルだが、成功した時に拡張性に配慮していないことがネックにはならないのだろうか。
もちろん問題は大きい。アドホックモデルで作り上げられたプログラムは構造が曖昧(あいまい)なことが多く、ユーザーの増加や、機能拡充に耐えられない可能性が高い。これを無理に直すことはコストやエンジニアのモチベーションからしても見合わないだろう。なので、中国では成功した場合にはゼロから作り直す感じではないだろうか。
ビジネスの弾を100発撃つとして、その全てに拡張性を配慮するよりも、アドホックモデルで作って、成功した一発だけをゼロから作り直す。このほうがコストが安くなる可能性はある。
また、中国のWebサービスでは、大胆にレガシーを切り捨てているのが特徴だ。例えば、テンセントのメッセンジャーソフトウェアのQQは、バージョンアップするごとに別ソフトのような変化を見せている。アリペイも創業当初は紙のノートで取引の確認や例外処理を行っていたという逸話があるが、おそらく当時のソースコードはほとんど残していないのではないだろうか。
問題はコードだけではない。将来の成長、発展をみこしてサービスを設計することは難しい。いくら慎重になっても、だ。ある程度の規模に達したら、どんがらがっしゃんとゼロから作り直すことを前提としていれば、大胆なチャレンジができる。
著者プロフィール
澤田翔(さわだ しょう)
1985年生まれ。連続起業家、エンジニア。慶應義塾大学環境情報学部卒。在学中にアトランティスの創業に参画。 2011 年、ビットセラーを創業。スマートフォンアプリを手がけて2015年にKDDIに売却。世界の決済サービスやニューリテール (小売業のIT融合) に造詣が深く、インターネットの社会実装をテーマにした「インターネットプラス研究所」を2018年に設立。中国デジタル化の最新動向に詳しく、レポートも多数執筆している。
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