新燃費規程 WLTCがドライバビリティを左右する:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)
ここ最近よく聞かれるのが、「最近の新型車ってどうしてアイドルストップ機構が付いてないの?」という質問だ。全部が全部装備しなくなったわけではないが、一時のように当たり前に装備している状況でなくなったのは確かだ。それに対してはこう答えている。「燃費の基準になる測定方法が変わったから」。
新基準での技術的アプローチ
さて、主題である燃費にテーマを戻そう。高加速領域の燃費向上が大事なテーマとなると、解決方法が変わってくる。アプローチは2つある。ひとつ目は大排気量化だ。下手に小細工するよりも、むしろ基礎排気量を上げた方が有利になる。排気量が多ければ力が出てモード加速時のアクセル開度が下がる。それはダウンサイジングターボとかなり対立的なアプローチである。
あるいは、エンジンのみに頼るのを止める。ハイブリッドシステム(HV)を使って、高加速領域では従来より強くモーターに助力させることで、エンジン負荷を減らすのである。
例えばトヨタのプリウスは、先代の30型までは加減速への追従性が悪く、ひたすら滑空モードへ持っていこうとするシステムだった。これはつまり、低負荷巡航時の燃料消費を最小化するためのシステムだったともいえる。さらにドライバーが高負荷を要求しても、それを無視して低負荷モードを最大限維持する仕組みだった。だから加減速の追従性が悪く、ドライバビリティがひどいことになっており、そういう犠牲の上にJC08の燃費をたたき出していたのだ。
すでに何度も書いているので、くどいかもしれないが、特徴的なのは、前走車との車間が開き始めたのでわずかに加速をしようとアクセルを踏んでも加速しない。踏み足しても踏み足しても必要な加速が得られない。仕方なくアクセルを大きく踏み込むと今度は「そんな加速は求めていない」というほどの加速をする。ただ車間距離を維持したいだけなのに、微細な加減速のコントロールできず、結果的に煽(あお)り運転みたいな走り方になってしまう。
それが、トヨタ最新のヤリスハイブリッドのシステムでは、バッテリーとモーター/発電機の間での、瞬間的電流受入量を向上させて、電気を出すに際しても入れるに際しても、キャパシティを向上させている。簡単にいえば、エンジンとモーターの協調領域で、よりモーター優勢にしたということになる。
それは何よりもWLTCの求める高加速領域での燃料消費を抑える仕組みでもあり、こうして出力側の瞬間電力供給能力を上げた結果、副産物として回生時に不可避に発生する突入電力(回路に電気が流れ始めた瞬間に、回路を壊すほどの極端な大電流が流れる特性)も回収することが可能になって、燃費が恐ろしく向上したのである。ヤリスハイブリッドが、リッター36キロというとんでもない燃費を出せるようになったのは、そういう意味でいえばWLTCのおかげだともいえる。
こうして考えると自動車という製品はすこぶる社会的なプロダクツだと思う。規制一つで技術が変わり、それは日常的な使い勝手を左右していくのだ。
お詫びと訂正
コメント欄にてお2人の方より、何故JC08との対比なのかというご指摘をいただきました。
言われてみれば、本来「NEDC&JC08&他(各国基準)からWLTC(世界統一基準)への変更と表記すべきであり、「旧基準と新基準」というニュアンスで、粗雑に日本の規制呼称を代表として扱い「JC08からWLTC」と書いたのは表現として不正確でした。
特にダウンサイジングターボの採用は、ご指摘にある通り、欧州が中心となっており、因果関係としてはNEDCが技術的背景であり、日本に輸入された欧州車がJC08で表記されているとしても、日本マーケットのための技術開発ではないことを踏まえるとJC08を旧規制の代表として表記したのは乱暴でした。
ただし、国際機関から、NEDCモードは統計的にJC08より燃費が良く出るとの調査報告が出ており、記事中でJC08とWLTCのグラフを比較して、加速条件が厳しくなっていると書いた論旨そのものは、訂正の必要はありません。
13日午前8:00に本文の該当部分を修正し、また正確性を期し、論旨に直接関係ないとの判断で特に断っていなかったWLTCのEx-Highが国内では除外されていることも加筆しました。
上記、訂正し、お詫び申し上げます。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。
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