やり直しの「MIRAI」(後編): 池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/5 ページ)
新型MIRAIは、魔法の絨毯のような極上の乗り心地と、重量級GTとして破格の運動性能を両立している。しかしインフラとの兼ね合いなしにFCVの普及はあり得ない。後編ではそのインフラの今と未来をエネルギー政策全般を通してチェックしてみたい。
再エネだけで成り立つ社会で起きること
つまり乱暴にいえば、やがて風力と太陽光で国内の全電力需要をまかなわなくてはいけなくなる。その時どうなるか? 風力と太陽光発電は出力が安定しない。そういう発電施設で全電力をまかなうとすれば、発電能力は、需要の数倍の余力を持たせなくてはならない。そうでなければ風のない雨の日には、電力不足でブラックアウトが起きて、行政のシステムも銀行のシステムも止まるし、病院の電源も落ちる。ネットワークも動かなくなる。すべての産業が操業できなくなる。
ではキャパシティを多くすればいいのかといえば、電力が野放図に余るのも困る。それはそれでブラックアウトが起きる。つまり過去において原子力発電をベース電力に、火力発電の稼働切り替えで調整していたインフラ電力の出力調整と同じことを、別のシステムに置き換えなければならない。
再生可能エネルギーの場合、気象条件による極端な能力差をも吸収できる過大な発電が前提なので、大量の余剰電力をなんらかの方法で備蓄したいのだが、それほどのエネルギーを受け止めるにはバッテリーではどうにもならない。だから電力を水素に変換して保存するのだ。これは水を電気分解するだけなので、完全にCO2フリーである。
「電気のままEVに充電すればいい」という意見もあるかもしれないが、その場合EVはインフラ電力の調整用につねにグリッドにつないでおかなくてはならなくなる。走ることができない。しかもバッテリー容量は有限なので、調整代に限界がある。
発電量の多い日にとにかく水素に変換して貯蔵してしまえば、発電量の少ない日にはこの水素から電力に還元して「しわ取り(発電量を調整して需給変動を抑えること)」することもできるし、保存・輸送可能なエネルギーとしてさまざまに利用できる。これらはすでに実証実験が進んでおり、小規模なものは横浜・川崎の臨海エリアで、風力を用いた「ハマウイング」が稼働しているし、大規模なものは福島の浪江町で、太陽光による1万kW級の「福島水素エネルギー研究フィールド」の稼働が始まっている。
余談だが、大量に電力が余るシステム設計なので、700気圧に水素を圧縮するエネルギーもまた余剰電力でまかなえる。全体としては壮大な無駄だが、再生可能エネルギー以外ダメだというならばほかに方法はないだろう。
関連記事
- やり直しの「MIRAI」(前編)
新型MIRAIでは、ユニット配置が全面的に改められた。デザインを見れば一目瞭然。初代から翻って、ワイド&ローなシェープを目指した。かっこ悪い高額商品は売れない。スタイリッシュであることは高額商品にとって重要な商品価値だ。新型MIRAIはプチ富裕層にターゲットを絞り込み、ひと昔前の言葉で言えば「威張りの利く」クルマへの生まれ変わろうとしている。 - 燃料電池は終わったのか?
2014年末にトヨタが世に送り出したMIRAIだが、最近話題に上ることは少なくなった。「燃料電池は終わった」とか「トヨタは選択を間違った」としたり顔で言う人が増えつつある。実のところはどうなのだろうか。 - 水素に未来はあるのか?
「内燃機関が完全に滅んで、100%全てのクルマがEVになる」という世界は、未来永劫来ないだろう。そのエネルギーミックスの中にまさに水素もあるわけだが、FCVにはいろいろと欠点がある。しかし脱化石燃料を目標として、ポスト内燃機関を考え、その候補のひとつがFCVであるとするならば、化石燃料の使用を減らすために「化石燃料由来の水素」に代替することには意味がない。だから水素の製造方法は変わらなくてはならない。また、700気圧という取り扱いが危険な貯蔵方法も変化が必要だ。 - 自動車メーカーを震撼させる環境規制の激変
「最近のクルマは燃費ばかり気にしてつまらなくなった」と嘆いても仕方ない。自動車メーカーが燃費を気にするのは、売れる売れないという目先のカネ勘定ではなくて、燃費基準に達しないと罰金で制裁されるからだ。昨今の環境規制状況と、それが転換点にあることを解説する。各メーカーはそのための戦略を練ってきたが、ここにきて4つの番狂わせがあった。 - 日本のEVの未来を考える(前編)
EVの未来について、真面目に考える記事をそろそろ書くべきだと思う。今の浮ついた「内燃機関は終わりでEVしか生き残れない論」ではないし、「EVのことなんてまだまだ考える必要ない論」でもない。今何が足りないのか? そしてどうすれば日本でEVが普及できるのかという話だ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.